第二十五話――秀才 vs 天才

 キリストさながらにはりつけにされてなお、ブリーせの顔には余裕があった。

 さあ、次はどんな魔法を使うのかしら? と。

 値踏みするようなその眼つきに。

 シーが不敵に、笑った。


「『盟約に従いビフテ・オーベ・敵を火で罰せエンネ・プロム・バゾ・ティモリア・獄炎の王エンフェ・ルーメ・エスト』――」


 両手を広げ、精神を集中させて周囲の魔力マナをかき集めているのが、ようやく追いついた堕天男にもはっきりと、わかった。

 ブリーゼを呪いの十字クリス・クロスで拘束したのは、呪文の詠唱時間を稼ぐための、布石。

 そして――


「『裂けよ天空アサーラ・イルマ・ルヒト』――!」


 本能的に――堕天男は地に伏せる。

 小学校の社会の時間に習った、広島と長崎を襲った天空の光げんしばくだん

 リアルなCGで再現された、禍々しいその映像――光が天を引き裂いた、あの地獄の光景が、脳裏に蘇った。


 眼を閉じてもなお網膜を焼く閃光、襲いくる灼熱と爆風。

 試合前に展開した防護魔法がなければ、堕天男はそのまま火だるまとなっていたかもしれない……


 先ほどの爆裂魔法エルペーゲとは比較にならぬ、巨塔が如きキノコ雲。

 し。

 代わりにそこに現れたのは、隕石の衝突痕と錯覚するほど巨大なクレーター。


 デタラメだ。


 熱線によって背中を焼かれた堕天男は、眼を丸くして戦慄する。

 これがシーの、本当の実力。

 ブリーゼの城を訪れて間もなく暗黒騎士ホームセキュリティにあっけなくやられていたのが嘘のようだった。

 いや――おそらくそれは自分が不甲斐なかったからで、もし呪文の詠唱時間を稼げる優秀な盾役がいたならば、暗黒騎士程度この大魔法で簡単に葬ることができたのかもしれない。あるいは師匠を城ごと葬ってしまうことを恐れ、力をセーブしていたのかもしれない。

 こんな超魔法をまともにくらえば、いくらあの天才魔道士ブリーゼだって――


「呆れた……まるで成長が見られない。ここを出てから十年間――


 あまりに荒唐無稽な、その光景に。

 堕天男とシーは、同時に口をポカンと開け、言葉を失っていた。


 


「『疾風よ切り裂けベンダ・コルタ』!」


 次に師匠ブリーゼが放った魔法は、風を操る初歩の魔法。

 にもかかわらず、シーはまともにそれを受け、墜落する。

 飛散した鮮血がパラパラと、堕天男に降りかかった。

 防護魔法ととっさの回避で致命傷は避けたのか、よろめきながらも起きあがるシーだったが。

 その眼は悲嘆に暮れ、明らかに戦意を失っていた。

「あ……お、お師匠……」

 眼の前まで歩み寄る師を見あげ、遠眼に見てもわかるほどに震えるシーに。

「まさか、本当にあれで終わりだったなんて。お前には心底、失望した」

 ブリーゼは、冷たくそう言い捨てた。

「弱い。弱すぎる。修練を怠ったツケ、

「お師匠……まさか……」

 いつもは細いシーの双眸そうぼうが、ひと際大きく、見開かれた。

「『高次の世界にティラ・デューシス・佇む時空の神々イーラ・オルティス・トイス我が魔力と引換にターレン・ミ・マナ・隔絶されしヴェイド・アイスラド・世界への道を拓けウェルト・エストラダ――」

「い、嫌。許して――!」


「――『異世界門ゲート・サヴァダーク』」


 唐突に、それはシーの眼の前に、現れた。

 彼女の身の丈よりもひと周り大きい、大きな漆黒の渦。


「あああああ」


 シーはまるで掃除機に吸いこまれるように、黒き渦に呑まれてしまった……!

「お、おい。ブリーゼ。いったいシーをどこにやったんだ」

 戦意を失ったシーに、死人に鞭打つに等しい追い討ちをかけたブリーゼに、堕天男がえた。

「ふふ……いやねえ。怖い顔しないでよ、ダーリン」

 先ほどまで威厳あふれる大魔道士の顔だったブリーゼは、しかし優しく微笑み。

「ちょっと修行の旅に出てもらっただけよ。何なら、ダーリンも行ってみる? きっといい修行になると思うわ」

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