第十一話――捕食者(マンイーター)

第十一話――捕食者(マンイーター)


 ――とても厳しい方なので、あなたの命の保障はできかねます。


 と、シーは言った。

 たしかに、これは厳しい。

 別の意味で、とても厳しい。

 毒母サーマの過干渉によって異性との恋愛など以ての外、勉学への集中を強いられてきた堕天男ルシファーにとって、この妖艶人外女性エロババアの誘惑は堪えがたいものがあった。

「ああん。もう。辛抱たまらないわ!」

 長いこと人里離れたギュレネ峡谷で独り暮らしてきて欲求不満なのか、ブリーゼは狂ったように堕天男を求めてくるのだ。

 その様ようやく獲物を見つけた飢えた虎の如し。

 魔術の修行はどうするんだ、と問いかけるも返ってきた答は――

「ウフフ。そんなことよりお姉さんと気持ちいいことしましょ♡ 話はそれからよ」

 ――などと、妖しい笑みを浮かべて迫ってくるのである。


 堕天男には現在恋人はいないどころか、イナイ歴=年齢なのであり、それなら何の問題もないじゃないか、と、読者諸兄はお思いかもしれない。

 が――女性とろくに恋愛したこともない堕天男にとっては、婚前交渉など以ての外なのであり、物事には順序というものがあってですね、などと思春期まっさかりの中学生男子のような思考が、眼の前の妖艶な熟女を受けつけないのである。

「『来たれプリーテ』」

 ブリーゼが呪文を唱えた瞬間、堕天男の体が宙に浮き、意に反してブリーゼに引き寄せられる。

「いいこと、坊や? これが物体操作魔法の基本よ。任意の物質を己のもとへ引き寄せる。操作できる物体の質量は、使い手の精神力と魔力量に依存するわ」

 唐突に魔法の授業が始まるが、しかし肝心の使い方のレクチャーはなく。

「さあ。身も心も私に預けなさいな。そうすれば、天国を見せてあげるわ♡ ――『弾けよバルステン』」

 直後、堕天男の服が弾け飛ぶ。

 しかし絶妙なコントロールの賜物か、彼の体にダメージはない。

「何をする」

 堕天男が緊張のあまり上ずった声をあげる。

「今のが衝撃波を発生させる魔法よ。その気になれば城ごとふき飛ばすこともできる便利な魔法だけれど、うまくコントロールすればこのように」

 同じ呪文でシーが暗黒騎士ホームセキュリティをふっとばしたのを思い出した堕天男のズボンのベルトに、レクチャーしながらその魔の手をかけるブリーゼ。

 びく、と、堕天男の体が思わず跳ねる。

「ウフフ。かわいい坊や。初めてなのね。でも大丈夫よ。経験豊富なお姉さんに、すべて任せなさい。魔法も含めて〈実践〉でイチから教えてあ・げ・る♡」

「うわあああ」

 羞恥のあまり顔を真っ赤にして叫声をあげる堕天男。

 しかし――


「師匠。こないだの――」


 唐突に現れたシーによって、場が時間停止フリーズする。

「…………失礼しました」

 気まずそうに眼をそらし、不自然なまでにゆっくりと反転し、退室するシー。

「お、おい。待て――」

 思わずシーを引き留めようとする堕天男。

 状況を見てくれ。

 これはどう見ても逆強姦レイプ――否、捕食行為なのであり、弟子としては師をいさめ、かわいい弟弟子おとうとでしを助けに入るところだろう!

 ……などと心の中で絶叫した堕天男であったが、シーは聞く耳持たず。

「とんだ邪魔が入ったわね。でも彼女ももう良い歳なのだから、こういう時の気配りくらいはできるわ。私の弟子だもの。ウフフ。というわけで――」

 ブリーゼは妖艶に微笑み、そして。

「いただきまあす♡」


 ――ブリーゼが堕天男ルシファーとアレをナニした計二千字ものシーンは、投稿サイトの規定に引っかかるために作者により自主的に削除された。

 満足げな笑顔でシーの作ったシン料理、〈第三世界〉でいうところのラーメン、餃子ぎょうざに近いその食べ物を食らうブリーゼの顔は、こころなしかツヤツヤしており、逆に色々と吸い取られた堕天男の顔は、こころなしかげっそりしていた。

 シーは不自然なまでの無表情無言を貫いており、話しかけるなオーラが全開であった。

「あ〜若返ったわあ。このために生きてるって気がするわあ〜」

 悪戯っぽく横眼でシーをチラチラと見ながら、ブリーゼがわざとらしく大きな声でそう言った。

「………………」

 あくまで無言を貫くシー。

「ねえ、ダーリンもそう思わない?」

 坊やからダーリンに昇格したらしい。

 同意を求められ、困った堕天男はシーを見やるが、彼女は眼をあわせようとしない。

 正直なところまったく女に縁のなかった堕天男にとって、ブリーゼの相手はまんざらでもなかったし、シーに負い目を感じる必要などまったくなかったのだが、こころなしか冷たくなったシーの態度に戸惑っていた。

 こういう場合、何と言えばいいのだろうか?

 いっそ開き直ってブリーゼとイチャイチャすればいいのだろうか?

「ん〜♡」

 ブリーゼが見せつけるようにわざとらしく堕天男の唇を奪った。

 それを見て、無表情のまま頬を赤らめるシー。

「久しぶりに若い男とイ、イチャイチャするのはお師匠の自由ですけど」

 永遠とも思える沈黙の時を経て、シーがようやく口を開く。

 堕天男と濃厚接吻ディープキスするブリーゼから眼を背け、続ける。

「魔法教育の方はちゃんと進んでいるのですか。それが私がここに留まる条件なのですけれども」

「ああら。心配しなくても、〈実演〉を通してちゃあんと教えているわよお。ねえ、ダーリン♡」

「う、うむ」

 同意を求められ、堕天男は反射的に肯定する。

「では、何を教えたのか、言ってみてください」

 やや不機嫌そうに詰問するシーに、ブリーゼはかく語りき。

基礎物体操作魔法プリーテと、衝撃波魔法バルステンの使い方を」

「いきなりそんな応用できるはずがないでしょう。馬鹿にしてるんですか」

 シーが刺々しい口調でなじった。

「冗談も通じないのかしらねえ、この馬鹿弟子は。大丈夫よ、ヤることヤッたら、ちゃんと基礎から教えるわ」

「最初から基礎を教えてください。私も暇ではないので」

「何をそんなにプリプリしてるのよ、この馬鹿弟子は。もしかして焼き餅焼いてるのかしら?」

 揶揄からかうように頬をツンツンする師匠ブリーゼの手を跳ね除け、憤然と立ちあがったシーは。

「とにかく、ちゃんと約束したことはやってください。明日もこんな調子だったら、出ていきますよ」

 そのままどこかへと去ってしまった。

「もう。相変わらずつまらない女ねえ。あんな石頭ほっといて、今日も楽しみましょ。ああ、大丈夫よ。ちゃんと魔法も教えてあげるわ。でも、勉強ばっかりじゃつまらないじゃない? せっかくこうして生きてるんだから、人生を楽しまなきゃ」

 もっともらしいことを言うブリーゼは、堕天男の返答を、その口をもって塞いだ。

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