第八話――初めての空
せっかくシーに拾ってもらった命を、むざむざ捨てるのか、と。
堕天男の迷いを読んだかのように、シーが口を開く。
「あなたが我々〈労働組合〉の活動に参加しなくても、私はあなたを責めることはありませんし、第三世界に突き返すということもいたしません。ですが――この世界でどう生きていくかはすべてあなたの自己責任であり、我々がそれを保護することもありません」
事務的口調でシーは淡々とそう述べた。
協力しないのであれば、保護もしない、と。
考えてみれば当然のことだ。
何の対価も支払わず、「教団が怖いので守ってください!」なんて言うのは虫が良すぎる。
しかし――荒んだブラック労働と家庭環境によって堕天男の心はもはや荒れ果てた砂漠であり、第三世界に守るべきものなど何もなかった。
何より自分を今まで虐げてきた連中への怒りが、死の恐怖を上回っていた。
教団に見つかれば、またあの地獄のブラック労働を永遠と味わうハメになる。
このまま第一世界で教団に怯えながら生き永らえたところで、死ぬよりも辛い苦痛が待っているだけだ――と。
「構わん。紹介してくれ。お前が俺を助けてくれたように、俺もあっちの世界で虐げられているやつらを助けたい。何より教団の外道どもに鉄槌を下してやらなければ、死んでも死にきれん!」
拳を掲げ、そう宣言した堕天男を見て、シーは満足げに微笑んだ。
「そう言ってくださると思っていましたよ。堕天男さん。では、行きましょう。我々のアジトへ」
差し出されたシーの手を、堕天男は掴む。
「『
シーが呪文を唱えると刹那、堕天男の体を謎の浮遊感が襲った。
己の体を地に縛りつける重力の感覚が、消えた。
ジェットコースターで急降下する時の、あの奇妙な感覚。
それが、ずっと続いている感じだ。
「俺――飛んでる」
「私にしっかり掴まっててくださいね。放したら落ちて死にますので」
シーは平然とそう言い、堕天男は彼女の手を必死で掴んでいた。
重力がなぜか唐突に消えたせいか、あまり力は必要なかった。
万年金欠かつ
それどころか国内旅行もままならず、ずっと狭苦しい都市部の、
そんな彼が初めて飛んだ空は、まるで宝石を散りばめたような満天の星空で。
眼下に広がるのは、どこまでも果てしなく広がる、黒き大地。
自分たち以外に誰もいないであろう茫漠とした世界の、生まれたままの姿。
それを、重力というしがらみをも断ち切って自由に飛んでいるという状況に、堕天男は、感動していた。
初めて籠の中から脱出した鳥とは、こんな気分なのかもしれない。
地獄のブラック労働から解放された喜びも相まって感極まった堕天男の頬を――
――幾筋もの涙が、伝った。
「どうしたのです? 体が痛いのですか?」
堕天男の異変に気づいたシーが、問う。
「いや、そうじゃなくて……」
「何かわからんが、たまらなく、嬉しい」
地獄の労働生活から解放された反動なのかな、と、推察したシーは、無言でただ笑い返す。
「言いそびれてたけど……その、助けてくれて、ありがとうな」
「フョ⁉︎」
先ほどまで突っ張っていた堕天男の感謝が予想外だったのか、シーは変な声をあげ。
「どういたしまして。今度はあなたが、他の仲間を助ける番ですよ」
そして照れくさそうに顔を背ける。
「敵は強大ですが、一緒に頑張りましょう。堕天男さん」
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