美容室物語
【なりたかった自分】
「本当に良いんですね?」
「はい、お願いします」
ずっとなりたかった自分になりたくて、美容室へ行った。あれだけ変わりたいと願っていたのに、いざ自分を変えるとなると緊張する。でも、もう揺るぐものか。
あとは待つだけ。
じっと座って、変わりゆく自分を見守る。
決意を固めてから、しばらくすると……。
「わあ……!」
目の前にある鏡には、なりたかった自分の姿が映っていた。
変わったあたしは、ご機嫌で帰宅した。
「ただいま!」
「おかえっ……」
お母さんの言葉が途切れ、あたしの方にダダダと勢いよく向かってくる。
「っ……!」
ぱしんっ!
そのとき、あたしの左頬に痛みが走った。
「っ……!」
あたしが真っ直ぐに向く前に、
「何その頭は!」
見りゃ分かるでしょ、お母さん。
「あたし、変わったの」
金色の髪を整えながら、あたしは言った。
「似合わないから、やめなさい!」
「やだ」
もう、あたしは言いなりにならない。
あたしは似合うと思うよ。
みんなダメと言っても、あたしは良いよ。
「あたしが良いんだから、それで良いでしょ」
「良くない!」
あたしの次には、目の前の人のヒステリックが暴走した。
それでもあたしは。
「いーじゃん別に」
【冬にベリーショート】
「似合っていますよ」
「ありがとうございます」
いらなくなった髪をバッサリ切ってもらった。理由は、
「イメチェンですか?」
「はい」
これは数分前の質問と答え。
「春ですものね」
わたしの淡々とした返事に、明るい笑顔を添えてコメント。
「ありがとうございましたー」
会計を済ませて店を出た。外は暖かい。けれど、わたしは違う。そんなことを思いながら店の方を、くるり。担当のスタッフさんが、髪の長い美容師と笑っていた。
こちらこそ、今までどうもありがとうございました。
心の中で呟き、美容室を背にして歩き出した。
まだ寒い。
今はスッキリしていない。
外は、すっかり春なのに。
ロングからベリーショートにしたのに。
「違う美容室、探さなきゃ」
見つかるころには、もう髪は伸びているだろう。その調子で春も来ていただきたいものだ。
【おまかせで】
「はい、かしこまりました」
おまかせで、なんて初めて言った。他人に自分の何かを決めてもらうのが、めちゃめちゃ苦手な私が。数分後、一体私はどんな頭になっているのだろう。
チョキチョキ、チョキチョキ。
ドキドキ、ドキドキ。
「あっ……」
しばらくして目を開けると、これまでに見たことがなかった自分の姿があった。
「いかがですか?」
「……店員さんは、こういうのが好きなんですよね?」
「あ、はい!」
「そうですか……」
私は気持ちが押さえられず、後ろを振り向いた。
「ありがとうございます!」
良かった。カット前に勇気を出して、お願いして正解だった。
「おまかせで。店員さんの好きな髪型にしてください」
あなたが好きな人間に、少しは近づけたでしょうか。
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