薔薇色黒歴史
「……」
テレビに映っているピンクの薔薇を見ながら、あたしは昔のことを思い出している。
「ピンクは、あたしのね! あんたは、そっちの使ってよ!」
「うん……」
やめなさいよ、そういうの。
今のあたしが、その場にいたら絶対そう言って注意する。
昔のあたしを。
あのときは怖いものなしだった、あたし。
自分がナンバーワンだった、あたし。
勘違いしていた、あたし。
今では大っ嫌いな、あたし。
「……はぁ……」
ピンクのものを見る度に思い出す。幼稚園児の、ピンク大好きなワガママな自分を。色違いの何かを選ぶ際に、あたしはピンクがあれば絶対にピンクを選択した。そしてピンク以外のものは全て「これ、あんたにあげる!」。ピンクの取り合いは、一度も起こらなかった。それほど、あたしが強烈だったということだ。あたしの圧は相当なものだったのだろう。
「うわあ……マジで嫌い……」
あたしはテレビを消して、すぐにアルバムを取り出した。その主な目的は、当時の自分の確認だ。あのときの自分を見たくないけれど見た。あたしは戒めのため、定期的に幼稚園児の自分の写真を見る。腹立つくらい自信満々な様子で、鼻息が荒そう(覚えてはいないが実際に荒かったはず)で、ブス且つデブなくせに「あたし、かわいいでしょ?」な顔。こんな自分を見た後は、
「気持ち悪いっ!」
この台詞でアルバムを閉じるのが定番。
「うっ……ううっ……」
その直後は、お約束の涙。はい、悲劇のヒロイン風。あたしは恐らく、こんな自分が嫌なようで、きっと嫌じゃないのだろう。だからいつまで経っても、こんなことをしているのだ。自分を嫌っているようで、根っこは自分大好き。あたしのワケわからんナルシスト根性は、どれだけ年を重ねても消えないらしい。
「あたし、白雪姫やることになったー♪」
お遊戯会でヒロイン役を(持ち前の圧で)ゲット。多くの女の子がやりたい、お姫様。あたしに対する「おめでとう」は、幼稚園と自宅では違うものだった。前者は無理矢理の、おめでとう。後者は本当に、おめでとう。どんな愚か者だろうが親にとっては、一番かわいい我が子。もちろん、あたしはそれに気付かない。他人の気持ちなんて知ったこっちゃないのだから当然だ。ああ、バカ女。なぜ分からなかった。その後の展開を。
「お妃役の子、かわいかったね!」
……え?
お遊戯会が終わると、それまで全てが(圧のおかげで)うまくいっていたあたしに、やっと色々なことに気付く機会が与えられた。
「ドレス姿、きれいだったわ! すごく似合っていたわね~」
「魔女の姿もステキよね。黒い服だと、大人っぽくて良かった」
「やっぱり、べっぴんさんだから悪役でも輝くのねぇ……」
「将来が楽しみ! 絶対もっと美人になるわよ、あの子!」
え?
あの子が、かわいい……?
あたしは?
園児の親や先生、他の組の子たちの声が、あたしの耳にも入ってきた。
「あんた、魔女やれば? 顔はキツいんだから、似合うわよ。そのくせ暗いから、黒いの似合いそうだし」
あたしの意地悪な言葉のせいで、誰もやりたくなかった悪役をやらされた子。よく読書をしていて、すごく大人しい。遠慮がちで常に「どうぞどうぞ」と誰かに何かを譲る。そんな彼女の周りには(人見知りだけど)多くの仲間がいた。みんな、いつも笑っている。あたしの周囲にも人はたくさんいた。だけど、あの子とは違う。
「ううっ……うっ……」
あたしはメソメソ泣きながら、またアルバムを開く。今度は、あの子の写真を見る。
「……かわいい……」
あのときはキツい顔と言ってしまったが、本物の美少女だ。今流行りの「悪役令嬢」顔。かわいらしいのに凛々しい。そして全くキツくない、心の優しい子。
あたしにキツい、暗いなんて言われて不快だったに違いない。ブスでデブでキツい性格で、身も心も醜い、あたしなんかに。
そして、あたしは思い出した。あたしが演じた白雪姫についての感想の数々を。
「それにしても……なぜ、あんなにかわいい子が白雪姫じゃないのかしら?」
「あの子、無理矢理やらされたみたいだよー」
「ああ、なるほどねぇ……」
「気が強そうだもんね、白雪姫やった子」
聞きたくないのに、耳に入ってきた本当の言葉。これまで、そういうのには「何よ!」と怒っていたけれど、そのときは動けなかった。ただ黙って聞いて、人々が去るのを待つのみ。それしかできなかった。
「おい! あいつ、幼稚園のお遊戯会で、白雪姫やったらしいぜー!」
卒園してからも、あたしは白雪姫を演じたことに関して悪く言われた。好き放題、言われた。
「マジかよ! あんなデブスが?」
「それなら白雪姫じゃなくて、白豚姫じゃねーか!」
「キモいくせに……自分のこと、かわいいと思ってんのかよ!」
「アハハッ、身の程知らず~!」
「毒リンゴの魔女やった子の方が、きれいなのにね!」
「かわいそー! あのブタ女、圧やべーから奪い取ったんでしょ? 白雪姫の役!」
ヒロインを演じたときの気持ち良さは、一気に消え去った。もう恥ずかしくて恥ずかしくて、あたしは幼稚園児の自分を恨んだ。
なぜ自分がブスなことに気付かなかったの?
なぜ自分がデブだって分からなかったの?
なぜ自分のワガママを直さなかったの?
「……あああーっ!」
あたしは大声を出して、アルバムを持って、振り回した。部屋のどこかにアルバムを叩き付けまくる。どれだけ暴れても、黒歴史はなくならないというのに。
「うわあ~っ!」
ちなみに、あたしの親は娘に対して「かわいい」だなんて、もう言ってくれない。こんな手に終えない娘になってしまったからだろう。みっともなく自宅で暴れて、引きこもって。見た目が最悪なのだから、せめて性格が良ければマシだったかもしれない。でも、あたしは性格もクソだ。
「あああああああああっ!」
薔薇色は黒く染まったまま。あたしは時が止まっている。どうすれば良いのか分からない。だから、こうしているしかない。
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