第32話
神様の悪戯。
神様の“おせっかい”。
神様の施し。
言い方は色々あるけれど、神父は“おせっかい”と表現した。
時には自分達を助けてくれるから、と。
確かに、助けて貰った場所は一箇所所ではないし、頼っていた部分も少なからずあった。だが、こんな光景は誰も何一つ望んでいなかった。
人は生存を許されなかった。
太陽の熱量はどんどん上がり、気温は四十度では済まない程に。
生物という生物は皆平等に等しく光の粒子へと成り代わり空へと帰っていく。
その代用として、空からは雲一つないにもかかわらず、灰が降ってくる。
あぁ、前に神父は“幸せの灰”とかいってたっけ。と思い出す。
何が幸せなのだろう。どこが幸せだというのだろう。
レイには分からなかった。
「僕はお父さんとお母さんに認められたかっただけなのに」
レイは叫ぶ。
「レンと二人で仲良く暮らして行きたかったのに!!」
空へ向かって。神に向かって。
「僕の一人の時間を返すからさぁ……僕のこれからを返してくれよ!!」
悲痛な。決して叶わぬ願望。
「何もかも手遅れなんだよ」
レイは力が抜いたのか地面にドサッと座り込んだ。
「クソッ!くそくそくそ!!!!」
地面を拳で叩きつける。
誰もいない世界で悪戯の意味を知った。
ようやく。
意味なんか知ったところで何も起こりはしないし、何も出来やしないし、どうしようもないのだが、それでも知ってしまった。
神様はなんて理不尽なんだろう。
レイはそう思わずにはいられなかった。
どれだけ頑張って生きたって、最後には一人になってしまう。人との繋がりを持ったってその人が先に消えてしまう。
『キミの願いは何かな?』
頭に響く不思議な声。
キョロキョロと辺りを見回しても誰もいない。ついに自分の頭までおかしくなったのか、とレイは半ば諦めながらも声を黙って聞く。
『キミにやりたいことはあるのかい?それを諦めちゃいけないよ。人間はそれを目標に日々を忙しく生きているのだから』
知ったような口を聞くな、と毒づいた。
もうこいつが誰かもどうでもいい。
そんな考えに至るほど、レイの心は衰弱していた。やはりレンの心の支えは大きかったらしい。
『キミは自立しようと頑張った。そのせいで周りに神の恩恵が強く広まってしまったのだけどね。まぁ、それはいいんだ。そのおかげでキミは自立を見事に果たし、不老不死の恩恵を弱めたんだからね』
「それが……ダメだったんじゃないのか?」
気に食わなくて突っかかった。
『お、やっと話してくれる気になったかい。僕は嬉しいよ。ダメだったんじゃないの?と思うのも無理はないけど、それは間違いだから安心して欲しい。これはキミの物語だ。キミ以外がどうなろうと僕の知ったところじゃないし、キミが気にすることじゃないのさ』
「僕はこれからどうすればいいのかな」
『自立を果たしたと思ったらすぐに人に頼るなんて、もう癖だね。まぁ、僕は人と言えるか怪しいところだけど。それはともかく、キミが死ぬまでこの物語は続いていくと言っておくよ』
「この世界で?僕だけがまた生きるのか?」
『それこそキミの自由さ。キミ以外がいないから悲しむってことも苦しむってこともないだろ?何しろもう今のキミには必要ないかもだけど人に怯えなくて済む』
もう誰も悲しまないし、苦しむことは無いけれど。それは流石に違うだろ。
だってそこには喜びも楽しみもないじゃないか。
笑って過ごせる楽しい、あのレンとの生活のようなものは生きていても得ることが出来ないではないか。
それは生きているとは言わないだろう。
それは漂流しているワカメか何かと同じだ。
幻聴はレイが自分の言い分をよく思われていないことを理解したのか、話を切り上げるように、
『キミの気持ちに合わせるだけさ、僕は。僕の恩恵に応えてくれたキミにね』
と言った。
僕の恩恵?とは一体なんだろう。
レイは訊ねようと試みたがそれ以降、幻聴は全く聞こえなくなった。
口調や話し方、あの感じは自分自身のような気がしたけれど、そうでもない気もする。不思議な幻聴だった。言うなれば経験してきた全てのことが等しい力で混ざりあった結果、のような。
彼は一つ、決心した。
レイは立ち上がる。
そして今度は心の内に秘めていた想いを叫んだ。
「レン!!キミのことが好きだ!!大好きだ!!」
もう手遅れの告白だけど。
世界最期の告白、っていうのはなんか響きがかっこいいだろ?
レンだって今頃、どこかで照れているに違いない。
そして幻聴の正体である、恩恵。“不老不死”を与えてくれた神にも叫ぶ。
「僕を選んでくれてありがとう。あなたのおかげね僕は幸せな時間を過ごすことが出来ました。最後に僕の願いが届くのなら」
手を合わせて祈る。神父から教えて貰った祈りの儀式。
この神には色々迷惑をかけたしかけられたけれど、こうして最後に助けてくれるあたり、自分のことが好きなのかもな、とレイは思う。
好きじゃないとおせっかいなんて出来ないものだ。
レイはレンのことが好きだ。
だから一緒に暮らしたいし、おせっかいもする。時にはやりすぎて怒られることもあったけど、最後にはやっぱり、理解してくれてお互いが謝ってより仲良くなる。
他の誰かじゃなくて。
レンが、いいのだ。
「僕もレンの元へ連れて行ってください」
空からレイに向かって一線の光が当てられる。粒子なんてものではなく本流の光。
そして、その瞬間にいつまでも降り続いていた灰はレイの元へと集まり、彼の身体を浮遊させた。
だんだんと天に近づいていく。
あぁ、これが“幸せの灰”なのか。
光が強すぎて、あたりは真っ白にしか見えなくなる。だが、その先に確かに感じた。
最愛の人が手を広げて自分を待ってくれているのを。
そして、自分の身体が消滅していくのも。
キミへ世界最期の告白を 孔明丞相 @senkoku
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