第30話


「ついに来たか……いや、来てしまったと言うべきか」

「神父様……」

「お父さん……」


 朝目が覚めて、三人とも外へ出て外の景色を見るとそこには有り得てはならない光景が広がっていた。


 既に山の上は光の粒子が多く舞っていてその前世を失っている。


「……っ!」


 唇をかみ締める。

 何故なら山の上には教会があったからだ。そこには思い入れのある物や神に祈りを捧げるもの、そして何より預かっていた孤児達がいたのだ。


 一足先に、なんていうことはとてもでは無いができなかった。


「キミ達には一度話したことがあるな?なかったとしても今はその事を詳しく説明する時間はないが……」

「大丈夫、覚えてるよ」


 こく、とレンも頷く。

“幸せの灰”がある日突然降り始める。それは世界の終わりを示しているものだ。

 と、以前、神父は語っていた。


 あの時は確率の低いただの夢だ、と笑いながら言っていたが、どうやらその確率を引き当ててしまったらしい。


「僕がこうして生きているのが何よりの証拠だよ」

「違う。キミのせいではないのだ。私が勧めたのが悪かったのだ」


 神父は悲しそうにそう言った。

 過去の浅はかな行為を戒めるように、ギリッと奥歯を噛み締める。


 直接的な原因など人間である彼らが分かるはずがなかった。

 それでも人間は何かしらに答えを求めなければ気が済まない生物であり、直接的なものが無理なら間接的にはどうかと模索し始める。


 神様の“おせっかい”を受けた彼らにとってそれはより顕著に現れるものだった。


「私はレイのおかげで色んな過去を知れたよ?」

「キミの行動はキミ自身にとっては悪かったことに思うかもしれない。が、レンのように感謝する者も当然いることを忘れてはならないんだよ」

「お父さん……足が……」


 レイの言葉に神父は視線を落とした。

 すると、今まで普通にそこにあったはずの己の足が発光してだんだんと消えている姿が飛び込んできた。


 思わずギョッとしてしまう。


 自分の足が消えているということは、いつか、いや今にも身体全てが消えてしまうかもしれないということでもある。


 自分の人生が終わる瞬間を突きつけられているようで背筋が凍る。


「私もここまでなのか……。私が大切に思ってる中に私自身は含まれていなかったらしいな……全く。なんてダメな人間だ。自分を大事にしない人が神父などという職業につき、人を導く真似をするなんて……」

「神父様!!いや!!いやだよ!!」

「レン……君はもう私に心を開いてくれないのかと思っていたよ。けれどレイと一緒にいることでだんだんと私にも開いてくれた。礼を言おう、ありがとう」


 神父はレンの頭を優しく撫でた。それは安心させてあげるようなそんな柔らかい親子のようなものだったようにレイは感じた。


「うっ……神父様……神父様ぁあああっ!!」


 レンは神父に泣きついた。

 神父も抵抗なく受け入れ、気の済むまでそうしてやろうという気のようだ。


「レイ」

「お父さん……」

「私は始め、お父さんと呼ばれた時は取り繕ったが、驚きと動揺で心を揺らがされた。だが、キミはそれが起点になったのかどうかはさておき、みるみる成長を遂げた。今はもうそっちの方に驚いている」

「お父さんが場面を整えてくれて、レンが僕を助けてくれたからだよ」

「何を言う。やろうとする心意気が最も大切なものだ。キミのその行動と存在のおかげで私の心は救われて綺麗に洗われた。キミは私の誇りだ。家族だ。キミと出会えてよかった。ありがとう」

「僕だって同じだよ。お父さんが僕と同じように神様の“おせっかい”を受けていて、僕を嫌がらず、怖がらずに受け入れてくれたから、こうして僕はここまでやってこれたんだ。僕の方こそ……ありがとう」


 レイはすっと頬を伝う涙を知らぬものとして流したままにした。

 そして、反対に笑おう笑おう、と努めた。


 泣く姿を見せるよりも笑っている姿を見せる方が神父も喜んでくれそうだと思ったからだった。


「神様とは因果なものだな」

「理不尽な存在だよ」

「そうか。……そうだな」


 神父はレンの身体をポンポンと叩いた。どうやら自分で最期を悟ったらしい。だがレンは離れることをせず困ったような顔を神父はレイに向けた。


 仕方なく、けれど最後に頼られて嬉しそうにレイはレンの身体をひっぺ剥がした。

 流石にレイには泣き顔を見せたくないのか必死に嗚咽を堪えようとしている。


「さぁ、そろそろお別れのようだ。てっきり私が最後に残るものだと思っていたがな、違ったようだ」

「僕達ももう大人だから誰が最初でも不思議はないよ」

「私から見ればキミ達はまだ子供だ」


 心外だ、とレイは顔を作る。

 すると神父から失笑が漏れる。レイもレンもそれに釣られて笑った。


「この世界が好きだった。ここにいる人達全員が好きだった。ありがとう。あぁ、これが“幸せの灰”か」


 そして神父は降っていた灰に巻き付かれ、光の粒子がその量を増し目を覆いたくなるほどの光量を経て、その姿を一生消した。

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