第20話


 他の女の子がどうかは知らないが、レイの感覚にある女の子は少なくてもレンのようにおっぴろげに恥ずかし気もなく全裸で男の入浴中に入ってくるものではなかった。


 新たな発見と言えるかどうかは微妙な点だが、ともかく、レイはレンに頭を洗われていた。


「どう?気持ちいい?」

「う〜ん〜」

「どっちかわかんないよ〜」

「気持ちい、い?」


 頭皮が自分の予期せぬ時に刺激されていくため、だんだんと眠くなるような不思議な気分になっていたが、素直に気持ちいい、とはどうしても言えなかったので、変な返答をする。


 これがレンのしたかった事なのか、と思うと、これぐらいなら、と思ってしまう。

 ……今回だけだからそう思うのだろうが。


「レイの髪の毛はちゃんとお手入れしないと勿体ないよ」

「お手入れ面倒だし、今まではやれなかった」

「なら、お風呂出てからこれから暫くは私がやってあげよっか?」

「……どっちでもいい」

「こ〜ら、どっちでもいいとか言わないの!!そんな子には……」


 先程までとは違い、ぐしゃぐしゃに頭を掻き回される。

 眠気は吹き飛び、泡も吹き飛び。

 あ、目に入った。

 視界が真っ黒に染まる。


「目に入った!痛い!」

「あわわわわ、今からお湯かけるよ!呼吸止めて」


 ざばーっと、頭から湯をかけられる。

 あと一歩、呼吸を止めるのが遅かったら、今頃はレイにかかった殆どの水を飲み込んでしまっていたのではないか、というギリギリの瞬間だった。

『阿吽の呼吸』と言えば聞こえはいいかもしれないが、レイとレンはそこまで長い時間を共にした訳でもないし、つい最近知り合ってどうしてか一緒に風呂に入るという謎の関係である。

 つまり、上手くいったのはたまたまの偶然であった。


「身体も洗ってあげようか?」

「要らない!!」


 あらそう、と少し残念そうに言ったあと、レンはかけ湯をして湯船に浸かった。


 あぁ、一番風呂……。


 少しだけ、本当にほんの少しだけ羨望の眼差しを送った。

 が、全く効果はなかった。


 レイは湯船に浸かるレンを横目に身体を洗い始めた。


「ねぇ、レイと神父様ってどこで知り合ったの?」


 ボディソープを付けて、ゴシゴシ洗っているとレンが訊ねてきた。

 レイは洗う手を止めないまま、答えた。


「レンと教会へ行った時」

「その割にはやけに仲良しな気がするけど〜?」

「色々と事情がありまして……」


 まだ“おせっかい”のことは話すべきではないと、言葉を濁す。出来れば、信頼関係がレイより十分できている神父の口から言って欲しいのだ。

 だが、含みを持たせる言い方をしてしまったため、レンが興味を持つのは当たり前の事だった。


「事情?それって大事なこと?」

「うん、とっても大事」

「私には話してくれないの?大事な事なんでしょ?」

「必ず話すよ。でも今はダメ」

「けちー。抱きしめちゃうぞ、今」

「抱きしめなくていいし……(今ぁッ?!)」


 たまらずレンの方を向いたが、どうやら口だけだったらしく、湯船から出る気は無いようだ。


「あ、初めてこっち向いた」


 無駄に妖艶に微笑むレンに光も驚いてしまうであろうスピードで視線を外す。

 顔が無駄に熱い。

 無駄に。


 湯船からはクスクスと面白がるような笑い声が聞こえてくる。

 かき消さんばかりに湯をかけて身体の汚れと泡を落とす。一緒に無駄な熱も落ちてくれ、と願った。


「ふぅ〜、さっぱり」

「あれ?もう出ちゃうの?」

「え」


 その通りだったのだが、レンの心底意外、みたいな声を聞いて少し戸惑う。


 残るべきなのだろうか。


 とはいえ、頭はレンに洗われたし、身体はつい先程、自分で洗ってしまったため、ここに残ってもすることが無い。

 辛うじてするとすれば……。


「はい、いや〜広くてよかったね」


 レンが入りやすいようにスペースを空けてくれた。まだ入るとは言ってないのに。


 湯船をできるだけ広くしたのはレイなので、ここでレンを責めるわけには行かないのだが、大人しく入っていくのも非常に気が引ける。


「お風呂でゆっくりしなよ〜、好きでしょ」

「うん」


 心の中で、過剰な程に心理戦が勃発していた。

 が、結局、先に入っていたのはレイであり、レンが入っているからといって気遣う必要性はなく、相手にその気がないのなら堂々とすべき、という結論に落ち着いた。


 まぁ、これは建前だろうが。

 大方、今日だけなのだからいいだろう、が脳の半分以上を占めていたに違いない。


「いい湯だなぁ」


 兎にも角にも。

 レイはレンに誘われるようにして、湯船に吸い込まれた。

 勿論、レンの方を極力見ない方向で。

 湯船は普通の浴場よりは広く設計されている、と神父が言っていたのは本当で、家庭用の浴槽と、温泉に浸かる時の浴槽の丁度真ん中ぐらいの大きさだ。


 そのため、本来なら両者が引っ付くことすらないはずなのだが。


 ぽちゃん、と。


 水の音がしたかと思うと背中に背中の感触が伝わってきた。

 より具体的に言えば、レイの背中に、レンの背中が当たった。

 より艶やかしく言えば、レイの背中にレンの肌が当たった。


「ん?」


 向こうが言葉を発しないため、わざとだと分かった。


「レイはずっと別の方向向いてるなーって思って」

「ん、まぁ、僕は壁のタイルの間をなぞるので忙しいからね」

「ふふっ、何それ。……懐かしいな」

「壁のタイルの間をなぞること?」

「違うわよ、みんなと一緒に入ることよ」

「今は僕と君しかいないけど」

「そうね、でも懐かしいの」


 首筋にレンの髪の毛が当たった。きっと上を見上げているのだろう。

 人間は思い出す時に上を見上げる、もっと詳しくすれば、右斜め上を見るらしいが、今のレンは何かを思い出しているのだろう。


「えへへ、ちょっとお話してもいい?」

「うん、どうぞ」


 そしてレンは語り始めた。

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