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自らを殺人適格者だと少年は話した。それは大言ではないのだろう。でなければ、僕の手足をためらいもせず切り落とすことなどできはしないからだ。
「いやあ、思ったよりきれいに落とせたね。あんまりまともなものを食べてないんじゃない? で、どう。痛い?」
僕が生来痛みを感じない体質であることを出会ったばかりの少年が知る由もない。
しかし、あるべきところにあるものがないとどうしてこうも嫌な気持ちになるのだろう。脳と身体は動こうとしているのにその先に生えていたものはない。たとえ動けていたところでこの少年から逃げ切れるとは思えはしないが。
「聞いてるんだけど。大丈夫?」
「問題ない」
「へぇ、気持ち悪いね。質問なんだけどさ、首を落とせば死ぬよね?」
「死んだことがないから知らん」
「面白いことを言うねぇ。おじさん。でもすぐ分かるよ」
僕はおじさんではない、と思わず言い返そうとしたが面倒くさそうな相手なのでやめておいた。さすがに手足がなければどうしようもない。一睨みで相手を爆発四散させるとか、念じて臓器を吐き出させるとか、そんな化け物じみた能力ははあいにく持ち合わせてはいないのだ。僕にできることはただひとつ。
「お前、なんて名前だ?」
「そうだねぇ。先人にあやかってジャックとでも名乗ろうかなと思ってたんだけど、よくよく考えてみるとあまりにも安直だよねぇ。それにボクは老若男女誰であろうと皆平等に刻むのが美学なんでね」
ゴミクズ――つい先程までは僕の寝床だった場所――の上に座り込み、唐突に頭を抱え込んで不規則に揺れ始める少年。やがて揺れが収まると、少年は頭を地面に打ち付け始めて言葉にならない唸りを上げた。
最近の流行りにはいまいち追いつけてはいないが、これが今現在の世間の潮流なのだろうか。そうであってほしくはないが。
「ノロイ。ノロイだよ。そう呼ばれてるから自分でも言ってる。いやぁ、うまいこと考えるもんだよ。呪いと鈍いを掛けているんだ。クソどもめ。ボクがいつ呪ったっていうんだ」
頬は痩せこけ腹は出て、異様に指の長い少年はまくしたてるように、
「だから殺した。殺しバラしてバラし殺した。知ってるかい。この町には腕利きの医者がいてね。非力な僕でも簡単に人を――おっさん。聞いてる? 死んだ?」
「――――僕はおっさんではない」
「どうでもいいよそんなこと。ボクの年齢からすれば大概の人間は老けてるよ」
正直に言って名前が何であるかなんてどうでもいい。僕にとっては二度会う人間のほうが少ないからだ。重要なのは知ることだ。だから僕は初対面の相手に対して名前を尋ねる。名前を探す。一にも二にも先に名前だ。なんでもいい。生まれ持った名でなくてもいい。名前は記号だ。そいつを示すものであればなんだって構わない。そいつが確かにそこにいるということだけ分かればいい。
名前とはつまるところ、存在の証明に他ならない。
「何をした?」
「私は特に何も。どうしたのでしょうね、こんなに大量の手足を身体から生やして。不便そうです」
ノロイと名乗った少年は今まで何もなかった空間に急に出現した少女を見て何を思ったのだろう。同業者だと感じただろうか。そんな余裕もなく息絶えたのだろうか。今となっては分からない。
生きていようが死んでいようが殺人を繰り返している悪霊は、散らばった手足に這いずり近づく僕を特に心配する様子もなく、けれどとりあえず聞いておこうかといった気怠げそうな足取りで僕の側にやってきた。
「それ、大丈夫なのですか?」
「うまいこと切ってくれたからな。そのうちくっつくさ」
うわぁ気持ち悪、とつぶやく声は聞こえないふりをした。僕だって好きでやっているわけではない。
今はただ、雨が地面を叩く音を聞きながら休むとしよう。[了]
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