35

 僕には悪霊が取り憑いている。黒一色のセーラー服とスカートを着用した少女。名はササという。

 悪霊と言うと眉を顰められるが、彼女は誰かを護りたい、死者としての立場から少しでも役に立ちたいだとかそういった理由があってこの世に留まっているわけではなく、自らの幸福――彼女は人の死を目にするたび心底嬉しそうに微笑む――のために僕に取り憑いており、それを悪と言わずして何と言えよう。


 さて、話は変わるが霊に霊は取り憑くのだろうか。

 答えはイエスだ。どうやらそうであるらしい。


 ササには現在、彼女以外の霊が憑いている。


「……先程からなんですか、人のことを睨みつけて。喧嘩ですか? 買いますよ!」

「いや、睨んだつもりはないんだ。すまん」


 臨戦態勢を取ったササが細腕を前後する。病的に青白い肌の色も相まって決して屈強そうには見えないが、彼女は生前に少なくとも九名を殺害している。悪霊たる所以であり、敵対することは望ましくはない。

 しかし、このササに憑いているものはいったい何なのだろう。小柄なササよりも背丈は低く……子供のように見える。深くうつむいているため表情は窺えず、また、ササの背後に隠れるように立っているせいで全体像も掴めず。人間のような姿ではあるが、人型を模しただけである可能性も無きにしもあらず。ただそこにいるだけならば問題はない。はずだ。そうであることを願う。


「おや、そういえばこの場所は」

「え?」

「ああ! やっぱりそうだ!」


 ササが声を上ずらせ、軽く両手を打ち合わせる。珍しいこともあるものだ。常日頃から微笑みの表情を浮かべてはいるが、特に感情豊かではないはずなのに。時々散歩で訪れるだけの遊具すらない小さな公園だが、よほど思い入れのある場所なのだろうか。


「そうそう、ここ……や、こっちだったかな……あ! ミトカワさん! ここです! この花壇を掘ってみてください!」


 ササの側に立つ影がノイズ混じりに大きく波打ち、瞬く間もなく消え失せた。

 ……嫌な予感しかしない。僕は一言、今か今かと喜びに震えている少女に聞く。そう、たった一言だけで良い。

 彼女の答えは。


「え? あはは、嫌だなあ、ミトカワさん。私をなんだと思っているのですか」

「……そうか、さすがのキミでも子供を手に掛けたりは――」

「親子は一緒にいたほうが良いですからね。大丈夫ですよ。お母さんも一緒なので寂しくはないはずです」


 不意に、背筋にひどく湿った視線を感じた。


 ……ああ、すまない。けれど僕は悪くない。悪いのは全てこの悪霊なのだ。僕にできることはただひとつ。


「ん? あ! ミトカワさん!? 逃げないでくださいよ! ミトカワさん!」[了]

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