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凄惨さんと呼ばれる人物がいる。いた。らしい。僕は関わったことがないので素性は知らないが、名前から推察するに一方的かつ残虐に悪逆非道の限りを尽くす暴力の象徴のような存在なのだろう。たとえ顔見知りだったとしても近づきたくはない。
「その凄惨さんが亡くなったそうなのですよ」
「死ぬような奴なのか、そいつは」
「人はいつか死ぬものです」
なるほど、命を失ってもなおこの世に留まり続け罪に罪を重ねる人ならざるものが言うにはどうやら人間ではあったようだ。
しかしこの辺鄙な町にそのような悪名が轟く凶悪な人物がいたのだろうか。
「そういえばこの前、ご飯のためにとある団体のお手伝いをしていたと話したじゃないですか」
「あぁ……雨を止ませるとかいう胡散臭い新興宗教」
「です。そこの代表が凄惨さんでして。名前は確か……カラスマ。そう、カラスマですね」
カラスマ。どこかで聞いたことがあるような気がしたが、忘れているということは僕にとっては大した存在ではなかったのだろう。
「何か理由があって凄惨さんと呼ばれていたのか?」
「私は直接お会いしたことがないのでよくは分からないのですが、このカラスマという人物、類まれなる人たらしのようで。初対面でも自殺に導くことができたそうです」
「……なんだって?」
「自殺ですよ、自殺。はじめましてからさようならまでほんの数分。浮かれ気分で気づいたときには死んでいるそうです。ん? 死んだのなら気づきませんね。まぁ、ともかく。人生を終わらせてくれるので清算さん。その所業から転じて凄惨さん」
催眠なのか洗脳なのか、単に話術があるのか定かではないが、自殺教唆を半ば強制的に行うことができるらしい人間。当然、その最期は酷たらしいものであるに違いない。
ササに問う。彼女は再び、耳にしただけで真実であるとは言い切れないと前置きをして、
「入水自殺したそうです。あ、ちょうどこの公園の……あの辺りですね。池の中央。自らの首を抱えるように――え、そうです。胴体から離れた首を持って沈んでいたそうです。なんとも器用ですね」
と続けた。
……器用だとかそういう問題なのか。
目の前に広がる濁り切った水面を雨が叩く。未だに柵のひとつも備え付けられていないこの大池ではいったい何人が命を絶ったのだろう。
僕には関係がないこと――であって欲しいと願いながら、雨宿りできる場所を探し小走りで夜を行くのだった。[了]
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