30
「や、そこにいるのはミトカワくんじゃないか」
表通りを外れた脇道のさらに奥まった道、目を凝らしても様子を窺うことのできない闇の中より僕の名を呼ぶ声が聞こえた。姿形は見えないが、周囲に残る独特な消毒液のニオイ――僅かに線香の香りが混ざっている――から、やや掠れ気味な声の主が顔見知りのなんでも屋、ヨモツであると判断できた。
「いやあ、実はやらかしてしまってね。ちょっとキミの前には出ていけない事情があって申し訳がないんだけど――少しだけお願いがあるんだ」
「見てきましたが、手足がこう……なぜあれで生きていられるのでしょうか、あの人。人なのでしょうか。いや、人ではないのでしょう……」
姿を見せられないと言っているのにも関わらず、好奇心からかそれともただの嫌がらせか、ササが彼女の現状を報告してくれた。
話によればヨモツは身体全体をズタ袋のようなものの中に押し込められているらしく、手足は言葉通り投げ出され……切断されて無造作に外へと放られている? 一面が色鮮やかになるほど出血している? 確かになぜ生きられるのだろうか、不思議なこともあるものだ。
「それで、頼み事って?」
「別に難しいことじゃないんだけどね。キミとササくんなら朝飯前……そうだね。朝飯代わりに食べ物をあげるよ。受けてくれるかな」
◇
ヨモツの指定した家には一人の老齢の男が住んでいた。いや、住み着いていたと言ったほうが正しいのだろうか。どうやらここは彼女の所有物件のひとつであるらしいから。僕にもどこか分けてくれはしないだろうか。
依頼の内容は男を追い出してほしいということだった。ヨモツにとっては招かれざる客だったのだろう、そして老人にとっては僕がそうであるらしく、声を掛けることなく侵入していった僕の姿を目にした瞬間、老体とは思えないほど俊敏な動きで近づいてきて、手に握った短刀で二度三度腹部を突き刺してきた。どうやら人を刺すことにためらいというものがないらしい。次は頭だと言わんばかりに腕を振り上げた時、男が不意に、僕の背後に目をやった。
彼には何が――人に害なす悪霊である少女の、どのような姿が見えていたのだろうか。自ら腹を開いて死んだ今では分からない。
「お疲れ様。ちょうど終わったみたいだ……ね」
見覚えのあるフィールドパーカーと笑顔を示す口のマークが描かれたマスクを着用したヨモツが労いの言葉と共に現れた。彼女は僕の目の前で床に突っ伏す男の死体を目にすると、思っていたよりも汚れていたことをぼやきつつ「まあ、倉庫みたいなものだしいいよ」と肩をすくめた。
「この男は誰なんだ?」
「私の父親」
こともなげに言ってのけ、報酬だと果物を渡された。
なぜ彼女がバラバラにされていたのか、ただの小一時間ほどでどうやって健康体に戻ったのか、そして何のために自らの父親を殺させたのか。
いいように使われたと憤慨しているササのことはさておいて。
そんなこと、僕には全く関係のない話である。[了]
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