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持ち合わせが乏しく、寝床を求めての移動を続けるにも体力が尽きかけていた。その辺の家にでも上がりこみ食料を少々拝借しようか、それよりも金品をせしめたほうが結果的には楽になるのではないか、と思考を張り巡らせながら歩いていると、薄暗い路地を抜けた先、崩れかけた廃屋の隣に小さな畑が広がっているのが目についた。
渡りに船だ、と間近に伸びていた蔓を引き抜く。
その先端には脳がぶら下がっていた。
「脳泥棒!」
背後から様子を窺っていたササに罵られるが気にしない。彼女は亡霊であり食事を摂る必要はない。僕が何を食べようと関係ないのだ。
基本的に好き嫌いというものがない僕でも脳をそのまま食べることは衛生上ためらう。煮ようか、焼こうか、それとも――いや、そういうことではない。どうにも空腹で頭が回っていないらしい。ポケットから砕けた飴を取り出し口内に溶かす。これで食料と呼べるものは尽きてしまったが、多少なりとも頭は回る。
「なぜこんなところに?」
誰が、誰のものを、何のために。試しに近くに伸びていた蔓を掴んで引っ張ってみると、その先にも僅かに腐食した脳が付いてきた。さらに隣のものは引き抜かずに放置した。
ふと、足元にネームプレートが突き刺さっているのが見える。つまみ上げて表面を見るとそこにはサクライチタと書かれていた。
「そういえばこの家に住んでいた住人が失踪したと聞いたことがありますね」
「失踪?」
「はい。どうも父親がいつの日からか精神的に疲れてしまったらしく、逃げなくては、より良い生活を手に入れなくてはと周囲にこぼしていたそうです」
「これはその一家のものだと?」
「うー……ん。どうでしょう。私が死ぬ前の話ですからね。あれから十年以上経っているのに、それはまだ新鮮なように見えますし」
思わず手に持った脳を落とす。ササがもの言いたげな視線を向けてきたが気が付かないふりをした。
ここの一家がどういった経緯を辿ったのか、今となっては知る由もない。
彼らがより良い生活を手に入れられたことを願うばかりである。[了]
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