人肉商売

結城彼方

人肉商売

 2112年9月1日。人肉の販売が解禁された。もちろん人肉を食すためである。いわゆるカニバリズムというやつだ。カニバリズムは人類の長い歴史の中で存在しなかった訳では無いが、倫理的な理由から一般市場では長年禁止されてきた。それが遂に解禁されたのだ。当然、倫理的な理由から反発はあった。しかし企業は最高のマーケティングを行い、政治的な圧力をかけ実現した。その企業こそが、僕が働く会社「NEW-trition corporationニュートリション株式会社」である。

 しかし、人肉といっても実際に生きた人間を牛や豚のように捌く訳では無い。販売されるのは人間の細胞から培養した人工の人肉である。その中でも特に売れるのが有名人の細胞から培養した人工肉である。ファッション感覚で食べる者、珍味として食べる美食家、信者として有名人との一体感を味わうために食べる者などなど──需要はさまざまである。

 そんな人工肉を作るためには高度な技術が必要になる。その為、製造方法は会社の中でもAランク以上のアクセス権を持つ人間しか知ることができない。加えて、この会社は非常に激務だ。激務のあまり急に辞めていなくなる人間も少なくない。そんな会社に入社して10年。僕にもチャンスがやってきた。Aランクのアクセス権を得るための昇進試験である。僕はこのために日々努力し、激務に耐えてきた。

 昇進試験は3日に分けて行われる。1次試験は筆記試験、2次試験は面接試験、どちらも全力を尽くした。その結果、僕は3次試験に招待された。しかし、3次試験は謎に包まれていた。1次と2次の試験はあらかじめ内容が告知されていたが、3次試験だけは未定とされていたのだ。そのため、非常に緊張していた。

 試験当日。会場である人肉製造工場へ向かうと、待機室に通された。どうやら3次試験まで残ったのは僕だけらしい。Aランクのアクセス権を手に入れるのがどれほど難しい事なのかを物語っていた。しばらく待っていると、試験官らしき人が入ってきて試験の内容を説明しだした。

 

 「まずは1次試験と2次試験通過おめでとう。分かっているとは思うが、これは最終試験。試験内容はストレス値のチェックだ。そこで、君のストレス値を測定するために、このリストバンドを巻いてもらう。」


 試験官の説明を聞いて僕は少し安心した。要はAランクのアクセス権を得る人間はこれまで以上の激務にさらさられる。だからこそ、業務に耐えられるだけのストレス耐性があるかをチェックされる訳だ。ここまでの試験に耐えられた僕なら合格できる。そう確信した。リストバンドを巻くと試験官に工場へ案内された。工場の入り口からは、ここを担当していると思われる科学者も一緒だった。


(試験官はストレスチェックと言っていたが、一体どんなストレスを与えられるのだろう?)


 僕は疑問に思った。しかし、今更そんなことを気にしても仕方がない。試験官と科学者に案内され、工場の奥に入っていった。そこで僕はとんでもない光景を目にした。なんと工場では生きた人間を捌いていたのだ。牛や豚と同じように屠蓄とちくされ、工場内には断末魔が響いていた。あまりの衝撃に声が出なくなった。すると、試験官が淡々と語り始めた。


「実はね。我が社は人肉の培養になど成功していないんだよ。世間的には成功したことになっているがね。しかし人肉が大きな利益を生む事は解っていた。そこで人間のクローンを作り、それを捌いて販売する事にしたんだよ。予想通り、大きな利益を生んだ。特に有名人のクローンから作られた肉は面白いほどよく売れたよ。そして、この3次試験は君も分かっているようにAランクのアクセス権を得るための試験。要するに、この会社の秘密を守れるか──という事を測る試験だったんだよ。」


僕は絞り出すように声を出した。


「大丈夫です。この秘密は絶対守ります。」


すると試験官が言った。


「残念だけど、それを決めるのは君じゃなくて、君が身に付けているリストバンドだ。どうですか?博士?」


一緒に来た科学者が首を横に振り答えた。


「ダメですね。Aランクのアクセス権を与えられる人間ではありません。」


 科学者がそう答えた瞬間、リストバンドを巻いた腕に激しい痛みが走った。次の瞬間には身動きが取れなくなり、その場に倒れた。そしてだんだんと遠くなっていく意識の中で、面接官と科学者の会話が聞こえた。


「博士。アイツの肉ってどれくらいで売れます?」


「全然ダメですね。スーパー用の人肉にでもしておきましょう。」


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人肉商売 結城彼方 @yukikanata001

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