2101年6月11日午後14時12分 "時任杏泉" -002-
カフェを出て30分後。
街を歩き、モノレールに乗って辿り着いたのは、この島にコピーキャットの如く建つありきたりなデザインのビルだった。
僕達は入り口の回転扉を潜り抜けて、エントランスにぶら下がった看板を確認すると、エレベーターホールまで歩いていく。
この島のビルの差異は少々しかないので、1つ覚えてしまえば迷うことは無い。
僕は疑似煙草を咥えて、バニラ風味の煙を煙らせながら歩いていた。
やがて通路が少々広くなり、左右にエレベーターの扉が見えてくる。
僕はそのうちの1基のエレベーターを呼び出すためにボタンを押すと、古めかしい電子音が鳴り響いた。
「しっかし、リインカーネーションになっても世界はこうも変わらないのか」
エレベーターを待つ最中。
ふと、エレベーターホールに設置された電光掲示板に映し出された見出しを見て呟いた。
"EU圏への支援巡り各国の温度差が明らかに"
"リインカーネーション以降の世界で【覇権】を取るのはどの国か"
"白銀の粉、各国で取扱いに特色"
"技術開発競争激化!失われた1世紀を最初に取り戻すのはどこか"
「いやぁ、そんなものじゃないですか?何のためにやってるのか、私には分かりかねますが」
フランチェスカも同じ意見のようで、若干うんざりしたような表情を見せて答えた。
「死にはしない。資源なんざ誰かが1度死ねば彼にとって十分すぎる量が採れる。食料だって、人間時代ほど取ることもない…そうなってまで、やることがコレとはね。僕の復帰も案外早い時期に来るかな?」
「もうしないと手遅れかもしれませんよ?」
「勘弁してくれ」
エレベーターが来るまで、苦笑いを浮かべた会話を繰り広げる。
やがて、エレベーターがやってきて、僕達はそれに乗り込んで最上階まで上がっていった。
最上階に到着すると、電子音と共にエレベーターが開く。
そこから出て数歩、城壁では珍しくもない、中華料理店の入り口に僕達は立っていた。
約束とは、他愛のない友人との食事会。
僕達は出迎えた店員に、予約名を告げて中に入っていく。
席に案内されると、そこは8人掛けのボックス席だった。
「まだ少々時間がありますが…お飲み物はお出しできます。如何でしょう?」
「あー…ありがとう。今はまだ良いよ。揃ってからで」
店員にそう告げて3人になった所で、僕は咥えていた疑似煙草を、席に備わっていた灰皿に捨てる。
ふーっと煙を吐き出して、小さく肩を竦めると、フランチェスカの方を見て目配せをした。
「あと15分ちょっとで全員集まるだろうけれど、なんでココなのかは聞いてもいいかな?」
僕は暖簾で仕切られたボックス席の向こう側を見ながら言った。
ここに来るまでに、既に埋まっていた席の様子が目に入ったのだが…そこにいる誰もが、僕がよく知っている顔だったのだ。
僕が彼らをよーく知っていて、彼らは僕のことを、テレビで伝えられていた以上のことを知らない。
私服姿であったものの、他の席に座っている人達は皆、外人部隊の幹部であったり、"選抜"の精鋭…そして、城壁の中枢達。
ここまで役者がそろっていて"ただの懇親会"という言葉を信じるつもりは、毛頭無かった。
一目見まわして、大体の配置を頭に叩き込む。
いざ何かがあった時には、店の中央付近のボックス席にいるお役人様達を譲れる配置だ。
「私に言われても分からないですよ。私だって驚いてます」
だが、尋ねた主…外人部隊の警察隊に居る彼女は、若干顔を青くしながら答えた。
「なら、久永か…」
僕は動じずに、小さく苦笑いすら浮かばせながら、面倒な事に巻き込んでくれた男の顔を思い浮かべる。
思い浮かべた顔は、案外直ぐに現れた。
「どうも」
そいつは、緊張感のない声色で暖簾を潜って来た。
元石久永と…李志傑、杉下宏成の3人組は、僕達の気分も知らないで、僕達に挨拶を投げかけると、ドカッとソファに腰かける。
「……おい、久永。これはどういうこと?」
僕は挨拶もそこそこに、直ぐに彼に食って掛かった。
「ん?」
だが、彼は一体何の話だと言わんばかりの顔を見せて反応する。
「とぼけるなよ?周りの豪華メンバーは一体何なんだ?ここで何かが起きるのか?」
「待ってくれ杏泉。意図が分からない」
「……は?」
僕は彼の困惑した表情を見て、直ぐに追及を止める。
ついでに言えば、ジージェも、宏成も、不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「急にどうかしたのか?」
「周りの席を見てから言ってくれ。この面子が偶々揃うと思うか?」
僕はそう言って、3人に周囲のボックス席…それも、比較的位の高い人間が居る席を指さして見せた。
3人は、特に客の顔など気にせずに来たのだろう。
僕が示した席に顔を向けて、ほんの少しだけ座った人間を凝視すると、3者3様に驚いた顔を見せた。
僕とフランチェスカ、辛木さんは、それを見て、彼らが示し合わせた訳ではないことを知る。
「おいおいおい、どういう事だ?」
「こっちが知りたいよ。どういう事だって」
「……」
一旦、落ち着いて席に座りなおす。
僕が疑似煙草を咥えると、同じように疑似煙草を吸う人間も煙草を咥えて火を付けたため、周囲は一瞬で薄い煙に包まれた。
「夏蓮は来ないんだっけ?」
「ああ。来てたら犯人だったんだがね」
「ただ、本当に思い過ごしなのかも知れないゼ?酒飲んでル選抜が居る」
僕達は、周囲を気にしながら感じる必要があるかも分からない緊張感に包まれていた。
「あ…すいません。今のお時間から開始ということで承っていたのですが…」
その空気は、僕達の様子を見て引いていた店員さんが来た時に終わりを告げる。
「……あー、すいません、お願いします」
今はもう、ただの一市民となっていた僕達が気にすることでもないと割り切って、次々とテーブルを埋め尽くしていく大皿に目を向けることにした。
僕はまだまだ疑心が残っていたものの、運ばれてくる料理とドリンクに手を付けていくうちに徐々に気持ちが晴れていく。
「そう言えば、久永はまた大使館勤めに戻ったんだっけ?」
「そう。日本人としてじゃなく、城壁の人間として…だが。昔面倒を見てた部下が偶々こっち側に居てくれたおかげで渡りを付けてくれた」
「へぇ…宏成は?相変わらずここに?」
「選抜にいる」
「選抜…らしいっちゃらしいな」
他愛のない会話。
つい1か月前に、この星を白銀の粉で覆いつくした者とは思えないほどに、様変わりしていた。
「ジージェは?」
「外人部隊に戻っタ。報道部にネ」
「なるほど。何だかんだ元鞘が多いんだ」
「キョウセンはRTSBだけになったけど、カレンはそうじゃないんダナ。今もいないが、何処に行った?」
「"委員会"にいるよ。僕のポストを継がせたんだ。元々、彼女のキャリアを見ても、そっちの方が適任だしね。今日も仕事さ」
「ああ…"委員会"ってまだあったんダナ。空港のオフィスが空になってタから解散したのかと思ってた」
「城中に移動になったよ。ホラ、あそこは各国の大使館が集められた区域だろう?」
僕はウーロン茶の入ったグラスを片手に、嫌な笑みを浮かべながら言った。
ジージェや、聞いていたフランチェスカは苦笑いを浮かべて僕の言葉の意図を理解する。
「結局、他の国の連中は50年前に戻って満足してさ、そこから先…未来は描けてないじよね?でも、城壁は違う。手始めに火星と月に有人基地を作ってやろうって程に進化を遂げた訳だ。こんなに人口が少ないのにね。だからこそココが狙われない訳がない」
僕はそう言って、周囲の様子を一旦探る。
それから、僕の方を見る顔に目を向けると、ゆっくりと口を開いた。
「くだらない経済戦争なんて、端っから興味が無いって言ってるのにね」
「まぁ、全てが賄えて、行き届くのならば必要のないことだしな…」
「そういう事。それよりも"先"を見てみないとね」
僕が気を良くして話している最中。
不意に、ボックス席を通り過ぎた人影に視線が泳いでいった。
「……?」
「どうした?」
喋りを止めて、視線を通り過ぎて行った彼に向けた僕に、久永が問いかけてくる。
僕は何も言わずに、対象の方を指さして見せると、僕の周囲に居た久永とジージェは指先を目で追った。
「迷ってル?」
「まさか、頭上の案内看板が見えない間抜けは城壁に居ないぜ」
通路の分岐で立ち止まったスーツ姿の大男の後姿を見て、ジージェと久永が小声で言い合った。
僕は、後ろ姿しか見えない彼の脇腹を凝視して…小さく歯を食いしばる。
「……ジージェ、フラッチェと辛木さんを連れて退路を確保しろ」
そう、少しだけドス利かせた小声で言うと、異常を見届けたジージェを先頭に席を立って行った。
それから、黙ったまま僕の方を見ていた宏成の方に目を向ける。
「……ジージェ、フラッチェと辛木さんを連れて退路を確保しろ」
そう、少しだけドス利かせた小声で言うと、異常を見届けたジージェを先頭に席を立って行った。
それから、黙ったまま僕の方を見ていた宏成の方に目を向ける。
「宏成。予備は持ってる?」
「相手は」
「きっと"イレギュラー"だ」
「無い。45口径がやっと」
「それでいい」
短い会話の後、席に残った僕達は、何時事が起きるかもわからないまま…各自の動きを示し合わせて行動を開始する。
僕に与えられた武装は7連発の45口径オートマチック。
予備弾倉3つとはいえ、あそこまで大柄な男が変貌する"イレギュラー"には、到底歯が立たない事は明白だった。
「店内に3人。店の外に1人…外の奴は"リインカーネーション"だぜ」
「何だ。何処の回し者?」
「知るか。外のはジージェ達に任せておけばいい」
久永と言葉を交わしながら、そっと位置に着く。
とっくに元居た席を立ち…何かが起きれば直ぐに"お役人様"であるVIPを連れ出せる位置についていた。
「よーし…奴らが動く。状況開始だ」
大男を見張っていた久永が、変化を捉えてそう言った。
僕は意を決して、VIPが居る席に足を踏み出す。
横に居た宏成も、そっとした足取りで僕に続いてきた。
「!」
「行け!」
その刹那。
耳を劈くような轟音が鳴り響き、雄たけびのような叫び声がフロアを支配した。
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