2101年5月09日午後13時02分 "テイラー・ジェラード・シャルトラン" -006-

城南の…ピンクスターチスのビルを出た俺は、再びモトイシの車の助手席に収まっていた。

全開に開けた助手席に肘を載せて頬杖を付いて…そして高架の外の景色をじっと眺める。


トランクには2人分の銃火器…空は薄暗い時間を通り越していた。

向かう先は、ついさっき抜け出してきた空港だ。

俺はサイドミラーに映った自分の姿を見て襟元を正す。

横に座っていたモトイシは何も言わず、ハンドルに片手をそっと当てて目の前のカーブに車の鼻先を入れていった。


「スーツってどうも慣れないんだよな」


俺はそう言って、借り物の着替えであるスーツのネクタイを弄りながら呟く。

普段着ている警察の制服とあまり変わらないように思えるが…向こうは軽くて動きやすい素材であるから、着ていて相当楽だった。

だが、今着ているスーツは…それこそ島の会社に勤める会社員が着ているものと同じ…硬くて、見た目だけ…動きづらいといったらしょうがない。


「すいません。他に無くて」

「いや、いいんだ。有難い…何もドンパチやりに行くわけじゃないんだしな」


俺はそう言って、硬いスーツのジャケットの内側に忍ばせた拳銃を抜き取った。

"イレギュラー"が巷を騒がせてた時に使ってた50口径の自動拳銃とは違う、ボトルネック弾を扱う拳銃…それも、素材は銃火器には滅多に使えなくなった樹脂製だ。


「こんなもん、まだ残ってたんだな」


俺は手に持った拳銃を見ながら言った。


「モスボール処理されて残ってたのを纏めて買い取ったんです。寿命が尽きるまでは使えるでしょうってことでね」


モトイシはそう答えて、シフトレバーに左手を置いた。

アクセルを煽る音と共に速度が落ちていく…

城南を出てもう30分弱…目の前には空港が見えていた。


空港の駐車場へとつながるトンネルに入る直前。

轟音と共に1機の着陸態勢に入った飛行機が俺達の車の真横を飛んで行く。

横目のその飛行機を見ると、尾翼の真下にエンジンを載せた3発機だった。


尾翼の赤いマークが"エア・オリエント"の飛行機であることを伝えてくる。

俺はその飛行機を横目に小さく舌打ちをすると、シートベルトを外して、助手席の窓を閉めた。


車を降りて、俺達はスーツ姿に身を包んで空港の回転ドアを潜り抜ける。

胸元に付けたのは、俺達の表の顔とは別の身分を示す身分証。

副業が当たり前になったこの島だから、誰も俺達が何時もと別の身分を掲げている事に違和感を覚えることは無かった。


俺達はその身分証を使って、受付による解錠が必要な扉を幾つも潜り抜けていく。

"城壁統一警備保障"という、ピンクスターチスの人間が持つ偽りの身分に身を隠し、俺はモトイシを連れて昼間に入った異質な部屋に足を進めた。


「ここだ」


そして、たどり着いた通路の一番奥。

空港の間取りを考えれば…この部屋の奥には滑走路が見えるはず…というくらい奥にある扉。

俺はモトイシにそう言って、ノブに手をかける。

"城壁秘匿転生者委員会 倉庫"というプレートが掲げられた扉は、鍵もかかっておらず…俺が中から開いた時のように、スムーズに開いた。


「……」


扉を開けて、一歩中に足を踏み入れる。

ついさっきまで俺と…ダリオと、リインカーネーションになった2人の女が居た空間は、何も変わらない様子だった。


壁一面には宝石のような結晶が並び…幾つかのガラス水槽には処理されなかった"イレギュラー"が生死も分からぬまま液体の中に浮かんでいる。


俺と共に部屋に足を踏み入れたモトイシも、普段の余裕のありそうな…胡散臭い表情を消して、異質な部屋の光景に目を丸くしている様子だった。


「なるほど…確かに奥は滑走路だ。それも"エア・オリエント"のボーディングブリッジのあたりじゃないですか?」


モトイシはそう言いながら、窓の外の光景を見回すと、再び視線を室内に向ける。


「それに、そこに浮かんでるのは牧田さん?…」

「ああ。フランチェスカ曰く"出来損ない"だとよ」


俺はそう言いながら、さっきとは逆の道順で部屋を歩く。

そして、俺達が地下通路から上がってくるときに使った扉と…その前に倒れた1人の遺体と…血だまりの横に立ち止まる。


「それで、そこで死んでいるのがダリオさん?」

「そうだ」

「せめて同僚には伝えておいた方が良かったのでは?彼もこのまま放置されて朽ち果ててくとは思わないでしょう」

「いや、この場所はフリーにしておきたかったんだ。この島の中でも、何かが別格に違う。恐ろしいほどに整ってる。そうだろ?ガラスの水槽も、壁の棚も…まるでこういうことがあるとわかっていたかのように綺麗に造られてるじゃねぇか。後付けなんかじゃない」


俺はそう言って、ダリオの死体から視線を外して部屋を見回す。

とりあえず建てて後から拡張…という風に増改築を繰り返しているこの島の建物にしては、この空間は整いすぎていた。


「最初からガラス水槽が置かれることを意識していなければ、きっとその水槽には配管が外付けになってるはずだ。なのにそうなってない。きっと配管は天井裏だぜ?それにその棚。よく見ると、強化ガラスの扉が付いてるよな?」

「確かに…そうですね」

「ダリオも"委員会"の人間だが、この場所は知らないといった反応をしていたな…となると、この倉庫の事を知っているのは"委員会"のリインカーネーション。アンタの元上司しか思い浮かばないんだ」


俺はそう言って、さっきと同じように窓際に背を預けてモトイシの方に目を向けた。

モトイシはダリオの腹部に開いた風穴に目を向けて、口をポカンと開けている。


「ですが、杏泉さんがこの島に来たのは5年前ですよ?カタストロフィの直後です」

「……そうなのか?」

「ええ。5年前のカタストロフィで日本で住めなくなりましたからね。リインカーネーションは…時任さんはそれを機にこの島に逃れているはずです」

「なら…この委員会は何だってんだ?誰が立ち上げた?誰がリーダーだ?」

「それは…私も知らないですよ。そんなこと言われても。飽くまでも私のボスは日本政府。嫌気がさしても、生憎年齢なりには立場があるので」


モトイシはそう言いながらダリオの遺体の傍から離れると、俺達がフランチェスカに誘われて入って来た扉の前に歩いていく。


「それで?どうするおつもりでした?」


モトイシはそう言いながら、扉のノブに手をかけて俺の方に振り返る。

普段の嘲笑気味な胡散臭い営業スマイルと、挑戦的な目付きをミックスさせた顔で俺の方をじっと見据える。


「フランチェスカさんを探しますか?それとも、警部が辿って来た道を戻ってみましょうか?」

「知らねぇよ。何が突破口になるかも分からねぇし、何をもって終わりなのかもわからない」


俺はそう言いながら、スーツの懐からポリマーフレームの拳銃を抜き出すと、セフティを外し、スライドを引いて初弾を薬室に送り込んだ。


「リインカーネーションが何者かを知れればそれで気が済むのかも分からない。ただ…絶対的な勘として、連中が幅を利かせるようになれば、俺みたいな"人間"にとってこの世は地獄に変わるだろうよ」


そう言うと、モトイシの元へと歩いていく。


「行こう。この奥の通路も、あの時は夢中でよく見てなかったんだ。落ちた場所まで戻れば、あの白い砂が何なのか分かるかもしれない」


俺がそう言うと、モトイシは小さく頷いて扉を開ける。

奴が前に向き直るとき、その横顔は一瞬酷く歪んだ気がしたが…俺はそれを見ぬふりをして扉の奥に目を向ける。


扉の奥は昼間に通った時と同じように、地下通路とは思えぬほどの清潔さを保っていた。

コンクリートの打ちっ放しとは違う、よく手入れされた白い壁に…タイルカーペットが敷かれた床…先ほどは点いていなかった明かりもしっかりと灯っていて、白色光が通路を明るく照らしていた。


俺とモトイシは無駄口も交わさず奥へ奥へと進んでいく。

ほんの少し進むと、あの時…ダリオとフランチェスカと合流したT字路が見えてきた。


「ここだ。俺は右の方からここに来た」


そう言って、さっき来た道の方に体を向ける。

モトイシは何も言わずに俺の背後に付いてきた。


「本当に、ほんの数百メートルも歩けば落ちてきた場所なはずなんだ」


俺はそう言って、少し足早に通路を進んでいく。

変わり映えのしない通路を暫く進むと…俺が落ちてきた…"墜落現場"にたどり着いた。

真っ白い砂で道が塞がれ…その砂の山の上には、薄っすらと宵闇に包まれた空が見える。


「この上が城中ってのが信じられないよな?それも、城南から入って直ぐの場所だ」


俺はそう言いながらモトイシの方へと振り返る。

モトイシは俺の横に並んで頭上を見上げると、空を確認できたのか、直ぐに視線を白い砂の方へと向けた。


「確かに…歩いて来れる距離を考えれば、ここが城中ということは無いでしょう。方向を考えれば、城北の端…時計塔のあたりだと思いますが」

「……だが、俺が最後に立っていたのは城中のメイン通りのド真ん中だぜ。時計塔なんてまだまだ先で、影も見えない場所だ」


俺はそう言って、白い砂を手ですくう。


「それに、この白い砂…案外地盤は緩いのかもな?何なのかわからねぇが」


俺はそう言って、砂を山に戻して、通路脇の壁に背を預けた。


「成る程………」


モトイシはそう言いながら、白い砂の前に立ち止まって、じっと砂の山を見つめている。

別に、ここに来たから何が解決するわけでもないのは分かっていた。

ただ、さっき俺が見た光景が夢でも何でもないということを再確認するためだけに来たようなものだ。


俺は確認も済んだから、元来た道を引き返そうと思っていた。

だが、モトイシにはまだ何か引っかかることがあるらしく、砂を手で掬っては、山に戻している。

俺は白い砂に取り付かれたようにその場から目を離さないモトイシの姿を見ていて、少々気味が悪くなった。


「モトイシ…?」


俺は小さく奴の名前を呼ぶ。


「成る程、成る程、成る程…」


モトイシは俺の声にも答えず、ただただ一人納得したような口調で呟いている。


そして、その数秒後。


突如として目の前にあった白い砂の山が"削り取られた"。

まるで、さっきビルの一角を豪快に抉り取った時のように、目の前には何かが通ったような気配すらも感じず…唯々目の前の砂の山は何かに"吸い込まれるように"消えていったのだ。


砂煙もなく、突如としてクリアになった通路の奥には数人の人影が見える。

俺はそこに見えた人影が誰なのか理解した時、さっきまでの威勢は一瞬で消え去り、緊張感と絶望感が身を包み込んだ。


「元石と…シャルトラン警部?どうしたんです?この場所に何か御用?」


目元が一切笑っていない笑みを浮かべてそう言ったのは、トキトウカレン。


「あら、警部。今日は良くお会いしますねぇ……」


その横に居たのは、2人仲良く手を繋いだ"少女"2人だった。

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