2101年5月09日午後13時02分 "テイラー・ジェラード・シャルトラン" -005-
「それで?なんだって非常事態宣言なんかが出ていやがるんだ?」
走り出して…空港内のトンネルを抜けた頃。
鳴り響いている非常事態のサイレンを聞き流しながら言った。
「……本当に知らないんですね。墜落現場付近に居たはずでは?」
「野暮用で離れてたのさ」
「ま、人間であるなら居ない方がマシでしたが…墜落機が積んでたコンテナが爆発したんですよ。それも爆発したのはW型と呼ばれてる新型の爆弾です」
「W型?聞いたことないぜ」
「城壁で研究が進められていた新型の戦略兵器ですよ。存在は表沙汰になってないですが」
「……で?その爆弾とやらがドカンといっただけで何故非常事態宣言を?窓の外の街並みは何時も通りにしか見えないぜ?」
俺はそう言って、高架の上から眺められる密集した島の街並みを眺めた。
非常事態宣言のサイレンが鳴り響いている割には、街が静まり返っている様子もなく…俺らのような警察部隊が出張ってる事もない。
モノレールは何時も通りに動いているようだったし、何よりも時折見える街の往来に変わりがない。
「非殺傷兵器ですから」
「……?訳が分からない」
「人を"リインカーネーション"に変貌させられると言えば分かりますか?」
「なんだって!?」
俺はモトイシの口から告げられた言葉を聞いて叫び…そしてもう一度外の景色を眺めた。
「……爆発が起きたのは人を殺すためじゃないんですよ。"リインカーネーション"の数を増やす…それだけなんです」
「分からないことだらけだが、人工的にリインカーネーションを創り出そうってのか?」
「はい。簡単に言ってしまえば」
「じゃ、あの空港にいた連中は?」
「ついさっきリインカーネーションに"覚醒"した一般市民です」
「…の割には混乱してないみたいだが」
「それは…そうでしょう。この島じゃ人間とリインカーネーションの差なんて無いんですから」
「だったらどうして非常事態宣言なんだ?」
「問題はこの島以外にありましてね。ほら、私の国なんかリインカーネーションを人として認めていないでしょう?」
「ああ…」
「2051年革命の後で酷い目を見ましたからね…その時の騒ぎの中心に居たリインカーネーションがすぐ隣の国で急激に増えた…となれば。どうなるかは分かるでしょう?」
モトイシは自分の国のことなのに、まるで自分には関係のないことだと言いたげな口調で言った。
俺は奴の言葉からある程度の事は察せたから深くは尋ねないことにしたが。
つまりは、この非常事態宣言は周辺地域からの脅威に備えろと言う合図で、何もこの国の住民に何かがあったなどと言う話では無いらしい。
ただ、リインカーネーションが増えただけ…
確かに、この島の常識では何も焦ることなどないだろう。
だが…リインカーネーションに変化してしまった人間は何故パニックに陥らない?
フランチェスカのように、何かが壊れた人間の成りそこないになったわけではないのか?
俺は今すぐにでも叫んで暴れてやりたくなったが…
我を失えば全てが終わりだと言い聞かせて、グッと奥歯を噛み締めた。
「モトイシ、アンタ忙しくなるんじゃないのか?お前の国の人間もリインカーネーションにされたんだろ?」
「ええ。今確認に走らせてますが…この島に来ている人間のままの日本人の大半はリインカーネーションに成り替わったとの報告が有りました…」
「な……」
「そうじゃないものはイレギュラーに変化後、周囲のリインカーネーションに殲滅させられたそうです」
「おいおいおいおい、ちょっと待て、なんでそんなことをそんな口調で言えるんだ?お前本当に大使館の人間か?」
「焦ってる暇も無いんですよ、警部!悔やむのは後って決めてるんです」
「……ああ、悪い。それで?」
「見立てでは、この島にいる住民5千万人のうちの7割はリインカーネーションになっていると」
俺はその言葉を聞いて、頬杖を付いていた手を頭に乗せて首を横に振る。
一般人の連中は何も分かっちゃいない。
リインカーネーションになると人はどうなるのか…
さっき目にしたアレは…例えそれが何かのバイアスがかかった結果だとしても、生身の人間が出来る範囲を越えていた。
不老不死です。
瞳が銀色です。
その程度じゃない!
「人間の方が少数派か…悲劇だぜ」
俺がそう呟くと、モトイシは前に向いていた顔を少しの間俺の方に向ける。
「失礼なこと言いますが…白人の割には珍しい事言いますよね」
ほんの少し、よそ行きの口調が薄れた口調でモトイシが言った。
俺は小さく頷いて、そして溜息を一つ付く。
「元々苦手だったが、ついさっき嫌いになったばかりでな」
そう言うと、モトイシは小さく鼻を鳴らした。
「それは、好都合……」
・
・
・
空港を離れて30分少々。
非常事態を示すサイレンも消え…島は普段の喧騒を取り戻している。
モトイシの向かった先は大使館…ではなく、城南の墜落現場に程近いビルの一室だった。
「大使館じゃないですが…小言は勘弁してくださいよ?あの空港では不用意なこと喋れない訳ですから」
そう言って応接用のソファに腰かけたモトイシは、既に座っていた俺に目を向ける。
俺は騙された感覚があるのは認めたが、空港の事情も考えれば仕方のないことだと理解していたから、そこを突くような真似はしなかった。
「ああ。ここは?」
「…そうですね、言っても良いですが一つだけ確認していいですか?」
「何を」
「警部、貴方を信用できるかどうかってことです」
「……どうやってとるつもりだ?」
俺は疑似煙草を取り出しながら言ったモトイシの言葉に少し声を低くして返す。
モトイシは小さく笑みを浮かべると、首を左右に振った。
「そんな大層なことじゃありません。シャルトラン警部。貴方は人間のままでいたいですか?」
「……ああ。リインカーネーションになる気なんざねぇよ」
「その言葉が聞きたかっただけです」
モトイシはそう言ってニヤリと笑うと、疑似煙草に火を付けて口に咥え…やがて白い煙を吐き出した。
バニラの香りが周囲を漂う。
「ここはそんな連中が集まる場所。私も政府の人間って立場じゃなくなる…聞いたことはあるでしょうか?"ピンクスターチス同盟"って」
モトイシはそう言って再び疑似煙草を咥えて俺を見据えた。
「ピンクスターチス同盟?……あー……」
俺はボンヤリとだが、聞き覚えのある言葉を耳にしたような感覚に陥る。
ピンクスターチス…この島で聞いたことはないが…ピンク色の鉢巻を巻いた連中の姿がボンヤリと頭に思い浮かんでくる。
思い出すのに数秒。
俺はハッとした顔を浮かべてモトイシを見返した。
「ああ…思い出した。反リインカーネーションを掲げる連中のこと?」
「そうです。ここは城壁唯一の支部でね。このビル一棟丸ごと所有してるので、盗聴の疑いも無いってわけですよ」
俺はほんの少し得意げに見えたモトイシの表情をじっと見つめて、そして頷いた。
「ここに来る前だな。最後に聞いたのは…」
「でしょうね。城壁ではリインカーネーションが幅を利かせているので…ここでは少々身動きが取れませんでしたが…流石にこの状況は見過ごせないというわけです」
「なるほどねぇ…」
「それで警部。次は貴方の番ですよ?さっき空港で会うまで、一体何をしてたんですか?」
モトイシはそう言って俺の前に缶コーヒーを置く。
俺は小さく礼を言って缶コーヒーを取ってタブを開けると、口を付ける前に口を開いた。
「ノンシュガーは無いのか?」
「生憎、切らしてます」
「残念」
俺はそう言って缶コーヒーに口を付ける。
昼から何も水分を取っていないせいか…ほんの少し切れた口内のお蔭か、普段は甘ったるくて苦手だった微糖のコーヒーがやけに美味く感じた。
「ついさっきまで、リインカーネーションとやり合ってたんだ。そこの墜落現場に居たんだがな…そこで見掛けたリインカーネーションを追って…深追いしすぎた」
俺がそう切り出すと、モトイシは少々解せない表情を浮かべる。
まぁ、当然だろう…リインカーネーションなど、昨日までの島内でも1日に数十人は見掛ける存在なのだから。
「……どうしたってリインカーネーションを追ったんです?珍しくもないのに」
「俺の部下だった女だったからさ。墜落現場で、今も死体が見つかってない警察官が一人居ただろ?ニュースにもなってるから分かるよな?」
「フランチェスカさんですか?」
「ああ。そうだ。ダリオとかいうトキトウの子飼いと共に奴を追って…城南から、普段は立ち入れない城中に入っていった」
「すいません…どうやって中に?」
「それもこれも話がややこしくなるんだが…2週間ちょっと前に逃げ出した"イレギュラー"が居たよな?日本人の」
「ええ」
「その片割れを引きつれてたよ。カラキだ。カラキを見たのは本当はもっと後だが…最初からあの子とフランチェスカが共に行動していて…城中への門もまるっきりくり抜いて中に入ってったってわけだろう」
「……それで、ダリオさんと共に中へ?」
「ああ。その中でフランチェスカを追い詰めた。最初はただ俺はそいつに尋ねたかっただけなんだ。どうして帰ってこなかったんだって…だが…追ってる最中に不自然な行動があったから銃を向けることにしたのさ」
「……それって何時ごろです?」
「さぁな…きっと1時半とかそこらだ…城中のメイン通りのど真ん中で立ち止まったフランチェスカに銃を突きつけて、話しかけても奴はもう俺が知ってるフランチェスカじゃなかった…会話にもならず…城中のビルの壁を抉り取って、更には俺達の足元さえも消し去った」
「!」
モトイシは俺の言葉を聞くと、目を見開いて体を乗り出す。
「どうした?」
「いえ、後で話します。1時半ですよね?」
「ああ。そうだ」
「すいません、続きを…」
モトイシは時刻を確認すると、再びソファに背中を預けて疑似煙草を咥えなおした。
「城中で足元を崩されて落ちてった先は、何がどうなってるかは知らんが城北の空港の下だった。ダリオとも逸れて…落ちた先は裏城北のような通路に繋がってたんだ。落下の衝撃は白い砂が吸収してくれたんだ。で、通路でダリオと合流して…」
俺はそこまで言って、一瞬言葉を詰まらせる。
何かを言いたげなモトイシを手で制すると、コーヒーを一口飲みこんで再び口を開いた。
「フランチェスカもそこにいた。通路は空港の中に繋がっていて…というか、滑走路に面した部屋に繋がてったんだ」
「……そんな部屋有りましたっけ?」
「城壁秘匿転生者委員会倉庫ってプレートがかかった部屋だ。そこで、俺とダリオとフランチェスカ…そしてカラキが揃った」
「辛木さん。随分と唐突に出てきましたね」
「実際唐突だったよ。フランチェスカの影から出てきたんだ。ああ、言い表せないな…なんというか…何もない床から出てきたんだ。盛り上がるように…映画で偶にみるような…」
俺はハッキリと脳裏に焼き付いた光景を言葉に変えようとするが…どうも良いたとえが思い浮かばない。
だが、目の前にいたモトイシには伝わったらしい。
モトイシは小さく頷くと、数度頷いて先を促した。
「それで、4人そろった所でフランチェスカとカラキはダリオを…裏城南の医者のような殺し方で殺して見せて、消え手ったってわけさ。リインカーネーションになった奴らにとって人間は最早下等生物としか見えないんだと」
俺は脳裏に浮かぶ映像にある細部を端折って言った。
「そうですか、それで、出てきたのがあんな場所だったわけですね?白い粉まみれになって」
「ああ。あの倉庫のことも伝えておくが…ハッキリ言って異常だ。"イレギュラー"がガラスの水槽の中に浮いてて…壁一面には宝石のような結晶が並んでる」
「成る程…」
モトイシは数度頷くと、短くなった疑似煙草を灰皿でもみ消した。
「随分と濃密な数時間だったんですね…つまり、ダリオさんは会った時にはもう…?」
「ああ。腹に地球儀1個分の穴が開いてる。生きてると思うか?」
「……なるほど」
モトイシはそう言って腕を組む。
俺も足を組んで今まで以上にソファに踏ん反り返った。
「…それで、署に帰る気も無くなったところに居たのがアンタってわけさ」
「帰ったところで少数派でしたから、丁度よかったわけですが」
「まぁな…助かったといえば助かった」
俺はそう言って、ふと立ち上がって窓の外に目を向ける。
ビルの最上階から見下ろす城南の景色は、さっきまで張り込んでいた墜落現場周辺の普段の景色と殆ど変わり映えのしない光景だったが…今はその街並みを行く人間の顔が異質な雰囲気を創り出していた。
行く人々すべてが銀色の瞳を浮かべて…何時もの夕方の時間を流れていく。
俺はその光景を長い間見るつもりは無かった。
「不老不死者の島になったのか」
俺は呆然とそう呟くと、窓際に背を預けた。
ソファに座ったまま俺の方を見ていたモトイシは何時もの胡散臭い微笑みを浮かべて、小さく肩を竦めて首を左右に振って見せる。
「ここの連中はどうなんだ?」
「幸い、リインカーネーションにはならなかったそうです。1人も」
モトイシはそう言うと、ソファから立ち上がって、部屋の壁に並んでいたロッカーの前に立つ。
「これがラッキーなんだかどうなんだか知りませんが…いい気はしませんよね」
モトイシはそう言いながら、1つ、ロッカーの扉を開ける。
妙に大きなロッカーの中には、見たこともない銃が立てかけられていた。
「……人は必ず分類分けするときに良し悪しを決めるものです。そして悪に選ばれた方は淘汰される。今の状況で言えば純粋な"人間"たる我々が淘汰される方でしょうか」
そう言いながら、ロッカーから取り出した銃を手にしたモトイシは、こちらに振り返った。
「仕事終わりまでにはもう少し時間がありますよね?少しばかり、布石を打ちに行きましょう」
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