第28話 ストレンジデッドマン①ー姉の記憶(シェリル語り)ー
レファーニュ家は自他共に認める、他に類を見ない吸血鬼一家です。
吸血鬼間での交配は稀なことですから当然のことなのでしょう。
吸血鬼間で生まれた子供は『
私たちきょうだいは混血鬼として〈
能力は血液を剣のように鋭くする形成すること。
この能力は母、カーミラ・レファーニュの能力を受け継いだものです。父のフレデリック・レファーニュは四つの系統の一つ『クリット』系統の吸血鬼なのですが、残念ながら父の能力を受け継いだ者はいませんでした。
ええ、仰る通りです。
母も混血鬼です。
吸血鬼の家庭に身を置いていた母だからこそ、自分も吸血鬼の家族を作りたかったのかもしれません……。
あっ、申し訳ございません。前置きが長くなってしまいました。
私が姉に再会したのは今からおよそ百年前、一九二二年のことです。
命を狙われている方々を前にして口にするのは、大変失礼なことと存じますが、それでも言わせていただきます。
姉、エルプーザは優しい方でした。
「人間とは共存関係にあり、決して捕食対象ではない」
母の言葉を一番真摯に受け止めていたのも彼女でした。
だからこそエルプーザが人間を襲っているという噂を耳にした時は何かの間違いではないかと思いました。噂が立つ少し前からエルプーザには新しい仲間ができたようで、家にいないことが多くなりました。
母は忙しい父に代わって、家を出たきり帰ってこなくなった姉を探しに行きました。噂の真偽を確かめたいという気持ちもあったのでしょう。
そして母は目にしたそうです。
姉が人間から直接吸血している場面を。
あまりのショックに声をかけられなかったそうです。
それから家族内でエルプーザの話をすることは少なくなりました。
ちょうどその頃です。弟のヴァンが誕生したのは。活発でよく喋る元気な子でした。姉のことで暗い雰囲気が充満した家に再び明かりがついたようでした。
エルプーザの話をすることは一切なくなりました。
またしばらくしてエルプーザに関する新たな噂を聞きました。それはエルプーザが同族を殺し回っているという内容でした。
自我を失った殺戮マシーン。
【同族殺しの魔女】と畏怖されるようになったのはその頃です。
どうしてそうなったのか原因はわかりません。どうして不老不死であるはずの吸血鬼を、姉が持つ刀で殺せるのかもわかりませんでした。〈
父は涙ながらにエルプーザを勘当しました。私たち家族を守るための決断でした。レファーニュ家は完全にエルプーザから身を引いたのです。
それが間違いでした。
エルプーザが人間を襲うようになった時点で説得していればこのような事態にはならなかったでしょう。
私はとても弱かったのです。
変わってしまった姉と会うのが怖かった……。
変わってしまったという事実を認めるのが怖かった……。
私の中にいる優しかった姉を消したくなかったのです。だからエルプーザについて考えることをやめました。
そんな中、偶然にもロンドン郊外でエルプーザと再会しました。
夕食の帰り道でした。
夜も更けた時間。人気の少ない路地から男性の悲鳴が聞こえてきました。
父は様子を見にいきました。
そしてすぐに父の悲鳴が聞こえてきたのです。
母はその声を聞いて路地へ駆け出しました。私はヴァンにその場から動かないように言って、母の後をついていきました。
路地には腹部を切断された男性吸血鬼と仰向けに倒れていた父、そして真紅の刀を持ったエルプーザが立っていました。
その時すでに父が死んでいたのを悟りました。
母はエルプーザに謝っていました。そしてこれ以上の罪を背負わないよう説得していました。しかしその声は届きませんでした。
エルプーザは母に斬りかかりました。
母は死にました。
私の目の前で。
私は恐怖で体が動きませんでした。
背後からヴァンの悲鳴が聞こえました。振り返ると父と母の死を目撃し泣いている彼の姿がありました。
エルプーザはその声に反応し、私たちに襲いかかりました。私はヴァンを連れて表通りに向かいましたが逃げきれませんでした。
私とヴァンはエルプーザの真紅の刀に貫かれました。
これはエルプーザから身を引いた私たち家族が受ける罰だと思いました。
命の灯火が消えていくのがわかりました。「死」に向かっていると直感したのです。
私は目の前に立つ姉を見ました。
きれいだった金色の髪は泥や汚れでひどく淀んでいて、元は白かったであろうドレスも黒くなっていました。顔に垂れた前髪で表情は確認できませんでした。
私は謝りました。
自分の心を守ることに必死で、姉さんの心に寄り添えなくてごめんなさい。
もっといっぱい話せば良かった。
姉さんのことをもっと知るべきだった。
ごめんなさい。
ごめんなさい––––
顔に垂れた前髪の隙間から光るものが見えました。
エルプーザは泣いていたのです。
自我を失っていたはずの姉が。
まだ間に合う。
そう思いました。
姉の心を取り戻そうと声をかけ続けようとしました。しかし声を出せないほどに私は衰弱していたのです。
エルプーザの涙は止まっていました。
そして真紅の刀を振り上げていました。
エルプーザは私たちと決別することを決意したのだと思います。
意識が朦朧とし始め気を失いかけた時、数名の男性が私たちの周りにやってきました。一人の男性が私に必死に声をかけてくれましたがほとんど聞き取れませんでした。その中で微かに聞こえた言葉。
「これを使えば助かるかもしれない。しかし吸血鬼ではなくなってしまう……」
私は彼に助けを乞いました。
生きられるなら、どんな形になってもいい。
姉とまた話ができるのなら、それでいい。
彼は私の言葉を聞き入れてくれました。
彼の名はクドラク・アウォード。ダムピールの現代表ですが当時は団員の一人でした。クドラクさんが所持していた薬『H2』で、私とヴァンは一命を取り留めました。
しかし吸血鬼としての生涯はそこで終わったのです。
私たちは「不完全な人間」として生まれ変わったのです。
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