第19話 ファントムペイン①ー仲間との再会ー

『海都』内 中央通ちゅうおうどおり公園 第十区画


「フレアの兄貴、良いんですか? ぜんを一人にしちゃって」

 ジェフリー・ワースは不安そうな顔で訴えた。

 対するフレア・サザーランドは「好きにさせておけ。自分の体が変わったことを受け入れるのには時間がかかる」と王城旋おうじょうぜんがいなくなったことを気にも留めなかった。

「そうかもしれませんけど、もっと勇気付ける言葉をかけてもいいじゃないですか?」

「おうおうジェフリー。いやにあいつのことを気にかけるじゃねえか」

 フレアは訝しげな目をして少し語気を強めた。

 ジェフリーはその目つきに狼狽えたが、勇気を出して自身の思いを伝えた。

「一応、弟眷属なわけですし。力になりたいと思っただけですよ」

「弟眷属?」

 二人の会話に聞き覚えのある声が割り込んできた。

 声がした先にはスティーブン・ウィンターが立っていた。肩には大きなクーラーボックスを下げている。

「スティーブ!」

 ジェフリーは嬉しそうに声を上げたが、スティーブは再会の喜びを分かち合うことなくフレアに詰め寄った。

「弟眷属ってのはなんだい。フレア」

「いや、あれだ。新しい眷属ができたんだ」

 フレアは少し気まずそうにした。

「どういうことなんだ? 私があの場から離れた後、何があった?」

 そう訊ねられたフレアの目に自信が戻った。昨夜、海辺で起こした自分の行動が間違ったことではないと思い出したからだ。

「ジェフリーを助けるためだった。俺はその男を食い、そいつは眷属として蘇った」


   □


「何てことだ……」

 昨夜の顛末を聞いたスティーブは頭を抱えた。その拍子にクーラーボックスが肩から落ちた。

 一ノ瀬いちのせ医院を出る前、自分たちの事情に誰も巻き込まないと誓いを立てたばかりなのに、最悪の形でまったくの無関係者を巻き込んでしまっていた。

 しかしスティーブはフレアを責め切れなかった。命令とはいえ戦場を離れた自分にも責任があると思ったからだ。

「それで、その新しい眷属は今どこに?」

「さあな。近くにはいるだろう」

 スティーブの質問にフレアはぞんさいに答えた。スティーブはまた苛立ち始めたが彼に構っている暇はなかった。

「旋は今、一人で考えているんだよ」

 恐る恐るジェフリーが二人の間に割って入った。

 その声を聞いたスティーブはフレアのしでかしたことのせいで忘れ去られた、とても大切なことを思い出した。

「すまない、ジェフリー。頭に血が上ってしまって君との再会を喜ぶのをすっかり忘れていた。無事でよかった」

 スティーブはジェフリーを抱きしめた。

「良いんだよ、僕は何とかなったから。それに腕だってBパックを飲めば早く生えてくるさ」

 ジェフリーは失った右腕を振り回すように肩を回した。

「ちゃんとコード先生のところに着いたんだね」

「ああ。Bパックもちゃんと持ってきたから飲んでくれ」

「やった!」

 ジェフリーは満面の笑みで喜んだが、一瞬にしてその表情が曇った。何か大事なものを忘れている気がしてならなかったのだ。

 忘れものを思い出そうと短い思考を働かせた末、その答えを見つけた。

「あれ? クリスは? 一緒じゃないの?」

「あっ……」

 スティーブはもう一つ、忘れていたことを思い出した。


   □


 確かにクリストファー・ウィーストはスティーブと一緒に『海都』まで来ていた。

 一ノ瀬医院を出た二人は人気のない場所にあった車を盗み、海岸通りを走った。コード・フェルドマンから事前に教えてもらった『海都』の入口がある橋の橋脚まで着くと車を乗り捨てた。

「着いたの?」とその時、クリスは訊ねてきたので「まだだよ」と答えた。

 この時点でスティーブはクリスと一緒だった。

 四十メートルほどの幅がある橋脚にかかる梯子を上ると電子ロックされたドアがあった。事前に教えてもらったパスワードを入力して橋脚内に入ると数十階分の階段が上まで続いていた。

 その時、クリスは「楽しいな」と嬉しそうに階段を上っていた。

 この時点でもスティーブはクリスと一緒だった。

 階段を上り切った先のドアを抜けると橋の上に出た。

 橋上には涼しい潮風が吹き抜けていて、階段を上って火照った体を冷ましてくれた。

 近くでガソリンの入った車を見つけた二人は、コードが拠点として用意してくれた『海都』内にあるコンビニエンスストアを目指した。コンビニといっても看板があるだけで、什器やレジが設置される前の空っぽの建物だった。自動ドアや表の窓ガラスには内側からベニア板がはめ込まれ、中が見えないようになっている。

 その時、クリスは「ここが寝る場所!? すごい。すごい」とコンビニを目の前にして跳ね回っていた。

 スティーブはコンビニの裏に回り、コードから事前に教えてもらったパスワードを使って裏口の電子ロックを解除し中に入った。しかし建物内のどこにもフレアとジェフリーの姿はなかった。急に不安になったスティーブは慌てて周囲を探し回った。

 この時点でスティーブはクリスとはぐれてしまった。

「あの時か」

 スティーブは自身の記憶を辿り、クリスとはぐれた時点に気づくと「目を離すんじゃなかった」と取り乱していたその時の自分を責めた。

「クリスのことだから、一人で帰ってくるよ。コンビニの場所はわかってるんだし」

「それもそうか」

 目を離せばいなくなるクリスだが、今まで迷子のまま帰らないことはなかった。

 スティーブは改めて新しい眷属について話を訊いた。

「ところでさっき言っていた旋というのが新しい眷属?」

「そう。王城旋っていうのが名前」

「彼の居場所はわかる?」

 ジェフリーは残念そうに首を横に振る。

「でもあっちの方へ行ったよ」と公園を横切る道路の先を指差した。

「隣の区画?」

「たぶんね。公園にはいると思うよ」

「あいつには考える時間は必要だ」

 フレアは背筋を伸ばしながら、淡々とした口調で二人の会話に入った。

「しばらくほっておけ」

「それもそうだが、放っておくわけにはいかない」

 スティーブはジェフリーが指差した方向へ歩いていった。

「おい待て」

 その行動を止めたのはフレアだった。

 いい加減な態度に辟易していたスティーブは無視しようとしたが、ジェフリーの「あぶない!」という声で咄嗟に振り返った。目前まで黒い物体が飛んできていたのでスティーブは反射的にキャッチした。その黒い物体はBパックだった。

「あいつはまだ血を飲んでいない。空腹による初期衝動で弟を襲ったらしいが寸前で留まったらしい。あいつのところに行くなら持っていけ」

 背を向けたフレアはそう言うと乱暴にベンチに寝転んだ。

「余計に放っておけないじゃないか」

 スティーブの表情がかげった。

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