第13話 BAD DREAMS③ー異変の真実ー

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 『海都』内部は東西で二つの区画に分かれている。

 東側は居住区になっており多くの集合住宅とともに大型スーパーやレストランなどの商業施設が建ち並んでいる。西側はオフィス街で高いビル群が密集している他、広大な敷地を持った施設などもあった。

 二つの区画の間には「中央通ちゅうおうどおり公園」という南北を走る細長い公園があり、上空から見れば公園が仕切りとなって両区画をはっきりと分けているのがわかる。ぜんが渡った橋は『海都』の北側にあり中央通り公園の一端に位置していた。

 『海都』を目前にして突如訪れた感動から現実に戻った旋は、橋がある小高い丘を道なりに降りて、中央通り公園の入口に来ていた。そこには『海都』の簡単な案内図が描かれた看板があり、前述の情報を得ていた。

 中央通り公園は全長約七キロメートル、幅約五十メートルの広大な敷地を有していた。二百メートル間隔で公園を横切る道路が何本もあり、そこを通って東西の区画を行き来することができた。背の高い木々が公園の外周に沿うように並び、舗装された敷地内に遊具や噴水、ベンチなどが設置されている。

 休日になれば散歩やピクニックなどをする多くの人で賑わっただろうこの場所も橋上のように静かだった。

 広場のタイル舗装の隙間からは雑草が伸び放題で、遊具はどれも錆び付いている。公園を横切る道路の信号機に色はなく、アスファルトがひび割れていた。

 どこからどう見てもここはゴーストタウンそのものだった。


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 旋は周囲を見回しながら公園の中を南に向かって歩いていた。

 人の気配はない。

 橋上で感じた不気味さとはまた違った不気味さがある。今度は自分以外の人間が忽然と姿を消し、一人ぼっちになった気分だった。

 だがその気分もインスタント食品の袋やジュースの空き缶、破けた衣類など、人がいた痕跡を発見したことで緊張感に変わっていく。

(やっぱりここは浮浪者のたまり場になっているんだ)

 浮浪者に良いイメージはない。常識からかけ離れた価値観を持つ人間に後ろから襲われるかもしれない。違法に手を染めるのが日常の人間に目を付けられ、知らない国にこの身を売られてしまうかもしれない。

 急に心臓が早鐘を打ち始めた。

 それはこの街の異質な雰囲気に飲まれているせいではなく、まだ見ぬこの街の住人に襲われる危険に怯えているわけでもなかった。

 先ほどまで抱いていた不安の一切は消え、ある一点にのみ意識が集中している。

 赤髪に赤い瞳の男。

 自分の異変の原因を知っているであろう男が近くにいる。

 自分の嗅覚がそう訴えている。

 知らないはずの男の、知らないはずのを察知して、詳細な位置を探ろうと全神経が研ぎ澄まされていた。

 公園内。

 横切る道路で区切られた公園の敷地を、区画にして十個分進んだ先。

 そこに男はいた。

 まだ少し距離はあるものの向上した視力ではっきりとその姿を捉えた。

 区画内の中央にある噴水を囲うドーナツ型のベンチにその男は座っていた。

 旋は無意識に駆け出していた。

 火花の如く逆立てた赤髪に鋭い目つきの奥にある赤い瞳。黒い半袖のTシャツから伸びる引き締まった腕にレザーズボンの上からでもわかるほど大きな太もも。

 裸ではなかったが間違いなく脳裏に浮かんだ男だった。

 そしてついに男と対面する。

「よお遅かったな」

 初対面の男は旋に対して待ち合わせに遅刻した友人に言うような口ぶりで挨拶をした。


   □


「俺のことを知ってる……?」

 開口一番に発せられた男の言葉に面食らった旋は無意識にそう呟いた。

「いいや、知らない」

 男の返答に疑問が生まれる。「ならなぜ『遅かった』なんて言ったのか」と。しかしそんなことよりも旋にはこの男に問わねばならないことがあった。

「俺もあなたを知りません。だけど頭の中にあなたの姿が浮かんできて居場所がわかったんです。だからここに来た。俺とあなたは昨夜にどこかで会っている。違いますか?」

 男に事情を話すうちに自身の異常さを再認識し表情が強張っていく。

「朝からずっとおかしいんですよ。おかしなことが起きてるんですよ。自分が自分じゃないみたいに」

 そして語気が段々と強まっていく。

「教えてください。俺に何が起きているのか。あなたなら知っているはずだ」

 旋は懇願するように男に迫った。

 男は少し困った顔をして「そうだな」と話を始めた。

「本当なら俺がお前のもとへ行き色々と説明するんだが、そうもいかなくてな。とりあえず仲間と落ち合ってからお前を探そうと思っていた。だがお前が俺に近づいているのがわかって、ここで待つことにしたんだ」

 男は一呼吸置いて説明を続けた。

「お前のことを『知らない』と言ったがが一人増えたことは知っていた。俺はこの手のベテランだからな。まあ何が言いたいかというとお前は俺の眷属になったということだ」

「眷属?」

 旋はその言葉の大体の意味を知ってはいたが、この話とどう関係しているのか理解できなかった。

「俺は眷属の居場所が何となくわかる。眷属のお前が主人である俺の居場所がわかったのには驚いたが、初期症状みたいなものなのかもしれないな。他に例を見ない」

 眷属? 主人? 初期症状?

 頭の中が疑問符で埋まっていく。

「あんたさっきから何を言っているんだ?」

 極限状態でも冷静に努めようとしていた旋だったが、どうにも男に言葉で弄ばれている気がして、ついに堪忍袋の緒が切れた。

「あんたが知ってることを教えてくれ。俺に関することを。この異変の原因を知ってるんだろ? あんたは!」

 怒声を上げる旋に対して男は至って冷静だった。

「そうだ」

 男は旋と少し距離を取り、背を向けた。

「俺は昨日の夜、お前と会った。偶然にな。そして俺は結果としてお前を。そうしないと仲間を失うことになったからな」

 そして旋の方へ振り返る。

「俺は昨日、お前を襲い血を飲んだ。その結果、お前は死に、吸血鬼として蘇った。俺の眷属としてな」

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