第1章「土曜日・AM」
第1話 アナザーモーニング①ー王城旋の朝ー
土曜日 午前
目が覚めると自室のベッドの上だった。
俺はどうやって家まで帰ってきたのか––––と。
昨夜は工事現場で働く同僚数名と駅前の居酒屋へ飲みにいった。仕事もひと段落し明日が休みということもあり、酒を注文するペースはいつもより早かった。それでも記憶を無くすほど飲んだ覚えはないし解散も早い時刻だったはず。しかし自分がどれほど飲んでいつ帰ったのか忘れるほど飲んでいたのかもしれない。
ベッドから起き上がり、枕元の目覚まし時計で時間を確認するとちょうど午前十時だった。
記憶を無くすほど酒を飲んだあとは決まって夕方まで寝ているはずなのに……それどころか頭痛や吐き気といった二日酔いの症状もない。
酒に酔いすぎて逆に酒の耐性がついたのか。
何か大切なことを忘れている気がするな、と思いながらベッドの右手にある窓のカーテンを開けた。
雲ひとつない空に燦然と輝く太陽。
旋はあまりの眩しさに目元を腕で隠した。
窓からは住宅地の家々とその先に広がる林が見える。その林は住宅地を横断するように東西に細く伸びていた。
(俺は昨日、海岸通りを歩いて帰ったような気がする)
旋は無くした記憶を探ろうと昨夜の帰路であろう道を目で辿った。
林の奥には海が広がっている。旋はまず海と林の間を走る海岸通りを想像した。
海岸通りを歩いていると左手にある海から波の音が聞こえた。それから住宅地に入ろうと右へ曲がった。その道は海と住宅地とを隔てるように存在する林の一部を切り開いて作られたもので、いくつか点在している。そのうちの一つを通って住宅地に入り家まで帰った––––のだろうか。
しばらく考えに耽ったが昨夜のことを思い出すことはできず、まあいいかと潔く諦めた旋は顔を洗いに一階に降りることにした。
□
酒の飲み過ぎでむくんだ顔が鏡に映るのだろうとうんざりしながら洗面台の前に立つと血色の良いすっきりとした顔がそこにはあった。本当に昨日、酒を飲んだのか疑問に思うほどだ。
少し戸惑う中、顔を洗おうと蛇口のハンドルを上げた。
「うわぁ!」
不意をつかれた旋は声をあげた。
蛇口のハンドルが根元から折れてしまったのだ。
動揺した旋は折れたハンドルを根元にあてがい、くっつけようとした。もちろんそんなことで元に戻ることはなく、水は勢いよく流れ続けた。
洗面台の後ろ側にある風呂場のドアの引き手に干されたタオルを見つけた旋はタオルを使って吐水口を塞ぎ、水を止めようと考え手を伸ばした。しかし横目で狙いを定めたせいか、タオルを掴もうとした手は勢い余って風呂場のドアを突き飛ばしてしまった。ドアは大きな物音を立てて浴室に倒れ込み、浴室内の鏡を割った。
旋は唖然とした。
(何かがおかしい)
ドアには手を触れた程度だったのにいとも容易く壊れてしまった。蛇口のハンドルだってそうだ。いつも通り使ったはずなのに––––
「なんだなんだ……って兄貴? え? 何、これ?」
大きな物音に気づいた旋の弟、
「どうしたんだよ?」
葵に訊ねられるも何も答えることができなかった。自分自身、何が起きたのかわからなかったからだ。
「兄貴?」
葵は心配そうに声をかける。
ふと我に返った旋は「この家は所々ガタがきてるな」と答え、その場を取り繕った。
「俺が使った時はなんともなかったけどなあ」
葵は怪訝そうな顔で洗面所を見回しながら壁や床をコンコンと叩いて状態を確かめた。
「修理はあとから頼むとして、朝ごはんあるけど食べる?」
「……そうだな」
旋は身に起きた不思議な出来事を処理できないでいたが、葵に心配をかけないよう何事もない素振りをした。
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