Scene.6

 車に戻り、キーを回した僕は思わず首をひねった。燃料計が残り二めもりを切っていたからだ。ホテルを出たときには、確かにまだ半分近くを示していたことを覚えている。この海岸に辿り着くまでに走ったのは、せいぜい10キロほどだ。いくら外車の燃費が良くないからって、こんなに早く減るわけがない。かといって、燃料が漏れているわけでもない。もしそうだとしたら車を離れていた時間から考えて、燃料タンクはまったくの空になっていなければならない。僕が離れていた間に、車はまるで生命活動をするかのように燃料を消費したとでもいうのか。僕の見ていないところで、車体を震わせながらハイオクガソリンを消化していくマセラティ――途端に息苦しくなって、僕は思わず噎せた。

「どうしたの?」

 あまりの咳き込みように、ベロが心配そうに声をかけた。僕は努めて平静を装おうとしたが、喉は泡立ち、声にならない声が漏れた。吸い込む空気は蜜蝋のように、ねっとりと気管に張りついてくる。ついには前屈みになった僕を見て只事ではないと悟ったのか、ベロは青ざめて背中をさすり出した。何度も何度も、手が擦り切れるんじゃないかと思うくらいにさすり続けた。摩擦熱が身体にしみ込んでくると、息苦しさは徐々に薄らいでいった。

「ありがとう、だいぶん良くなったよ」

 僕はベロに礼を言って、椅子に座り直した。

「驚いちゃったわ」ベロはまだ青い唇を噛んだ。

「死んじゃうんじゃないかと思った」

「まだ死ねないよ。君を世界の果てまで連れて行っていないからね」

「そうよ。こんなところで死なれちゃ困るわ」

「それに、死ぬときは女の子の胸の中がいいな。豊かな谷間に埋もれながら天国に行くんだ」

「そんな軽口が叩けるんなら、もう平気ね」

 ベロは涙目で僕を睨んだ。その口元に笑みが浮かぶのを見て、僕は本当に平気になった。

「さあ、気を取り直して行こうか」

「ええ」そこでベロは、二めもりになった燃料計に気がついた。

「燃料は、あとこれだけなのね」

「ああ、いつのまにかね。でも足りなくなったらガソリンスタンドに寄って給油すればいいし、心配することはないよ」

「いいえ、給油はしないわ。これだけで十分よ」ベロの言葉は確信に満ちていた。

「言ったでしょ、世界の果てはハイオク60リッターで辿り着ける場所だって」

「つまり、燃料が尽きるまで走るってこと?」

「そういうこと。のよ」

 。マセラティも理解していたのだ。自分の走っている道が、世界の果てへと続いていることを。

「出かけましょう」

 ベロはシートベルトを締めてマルボロに火を点ける。彼女の吐いた煙を胸いっぱいに吸い込んで、僕はアクセルを踏んだ。

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