顛末

 家に連れ帰られると、シーラは自室に閉じ込められた。

「ちょっと! いい加減にしてよ! ここから出してよ!」

 ドンドンと扉を叩くものの、誰の気配も感じない。そう、乳母のカーラさえも現れない。

 デューンと言えば、馬に乗っている時も、家に着いた時も、一言も口を聞かないどころか、シーラと目を合わすことさえなかった。ぎっと前を睨んだまま、口元を固く結んだままだった。

 シーラが聞いたデューンの言葉と言えば、ただ使用人の一人に「連れていけ」と、シーラを任せる言葉だけだった。

「ひどいじゃないの! あんまりだわ!」

 シーラは、腹を立てて、今度は扉を蹴っ飛ばし始めた。だが、扉はびくともしなかった。

 部屋は薄暗かった。ふと見ると、窓もしっかりと塞がれていて、飛び出すこともできない。

「何よ! バカ、アホ、この野郎!」

 牧夫仕込みの汚い言葉をはきながら、シーラはあちらこちらを蹴飛ばし、箪笥の引き出しをすべて出すと、ひっくり返して物を散らかし、さらにそれを投げまくった。

 

 完全な監禁状態。


 一通り暴れまくって反応がないとなると、ただ疲れが出るだけだ。

 シーラは大きなため息をついて、ベッドに寝転がった。

「……なんで誰も来ないのよ……」

 シーラは、ヒステリーを起こして暴れた後、ぶつぶつと文句をいいながらも、後片付けしてくれるはずの乳母の顔を思い浮かべていた。だが、急に不安が襲って来た。

 カーラは、カールの母親だ。カールが死罪なら、カーラだってここにいられるはずがない。

 シーラは慌てて立ち上がり、再び扉を叩き始めた。

「デューン! デューン! お願い! 話を聞いて!」

 手が痛くなるほど、扉を叩きまくったが、やはり何の反応もない。

「デューンったら! そこにいないの? デューン!」

 時間だけが過ぎて行き、シーラは泣きたくなった。つつつ……とへたり込むと、つい、一言。

「……ひどいわ。……私を無視するなんて」



 シーラの叫び声は、届くはずはなかった。

 その頃、デューンは眉間に皺を寄せたまま、地下牢でカールを尋問していた。

 だが、カールは自分が悪い、お嬢様は悪くない……を繰り返すだけで、埒が開かない。

 はいそうですか……で、叩き切るのは簡単だが、カーラの必死な懇願を聞いてしまった後では、そうもいかない。デイオリアの願いもあって、なんとか、救ってあげたいのだが……。

 このままでは、誘拐犯である。

「おまえは死罪を望んでいるのか?」

 あきれて聞くと、カールはぶるぶると震え出し、何度か小刻みに首を振った。

「……お嬢様は悪くないです」

 また振り出しに戻る。

 カールは、明らかにシーラをかばっている。ということは、シーラが今回の駆け落ち――もしくは家出をもくろんだのだ。

 シーラは何度も「ここを出てゆく」と言っているし、牧場に帰りたがっているのは明白だ。だが、カールと一緒に逃亡しても、牧場に帰れるはずもない。

 まさか、幼いとはいえ、それを知らないほど、愚かではないだろう。

 どうしても、この駆け落ち騒動は腑に落ちないことばかりで、シーラの気持ちが全く想像つかないのだ。

 デューンは、埒の開かない話を切り上げることにした。

 ちょうどその時、間者の一人がある男を連れて、地下牢に入ってきた。

「た、助けてください! な、何も話なんてしてない! そりゃ、勘違いってものだ!」

 シーラと喧嘩した男である。

 口止め料を渡して解放したものの、デューンは怪しんで後をつけさせていた。少しでも、シーラのことを話題にしたら、しょっぴけるように。

 そして、そうなった。秘密を守らなかった手前、何をされても文句が言えない。男の口は、以前よりずっと軽くなるはずだ。

 案の定、男は、前にデューンと会った時の軽快な口はなく、ひたすら「駆け落ちの話など、言っていない、勘違いだ!」を繰り返している。

 この男、確かに何も言っていないのかも知れない。だが、言いがかりでもこの際はかまわない。彼をカールに会わせたら、カールの供述も変わるかと考えたのだ。

 後ろ手に縛られた男は、デューンの前に出てもずっとわめき続けていた。

「俺はただ、デルフューン家の馬の値段の話をしていただけだ! お嬢様の駆け落ち話なんて、約束通り、何一つ……」

 牢の中、うつむいて震えっぱなしのカールが、その声を聞いて、ぴくりと顔を上げた。そして、立ち上がり、鉄格子に顔を押し付けた。

 まじまじ……と男の顔を見て。

「うわーーーー! おまえ、生きていたのかぁ!」

 と、びっくりするほど、大声を上げた。

 男のほうも、カールの顔をまじまじと見て、ぎょっとした顔をした。

「うわ! てめーは、駆け落ちしたんじゃなかったのかよ?」

 たった一人の男が現れただけで、今回の事件の謎は解決した。

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