デューンの心
燃え盛る炎は、いつまでも消えなかった。
カールをはじめ、馬担当の人々は、それぞれ自分の仕事に戻って行ったが、シーラとデューンは、木のベンチに腰かけたまま、日が暮れるまで、炎を見つめ続けていた。
最初、二人の間には、言葉がなかった。
だが、シーラは、今日ほどデューンを近しいと思ったことはなかった。
一つのマントを一緒にかぶり、デューンはシーラの肩を抱いていた。シーラも、デューンに寄り添った。
炎は、時々痛いほど熱くも感じ、時には少し恋しいほどに遠すぎる感もした。マントは、熱さも寒さも遮って、二人だけの空間を居心地よくした。
「デューン」
やっとシーラが話し始めたのは、かなり時間が経ち、二人の顔を染める赤が、炎だけではない頃になってからだった。陽が傾いて、そろそろ帰るべき頃になって……である。
「私、やっぱりわからない。どうして、私が嫌な子でも、どんなひどい子でも、醜い子でも、かまわないと思えるの? 全然好きになれないかも知れないのに」
「嫌じゃないし、ひどくもないし、とてもきれいだ」
デューンは、まるで白々しい嘘と思えることを、大真面目な顔をして言いのけてしまう。
「冗談はやめてよ!」
反射的に言葉が飛び出したが、デューンは返事もしなかった。
姉のシュリンは、誰が見ても美しい子と思うだろう。だが、シーラは野生児のような少女だった。
好かれる要因は、かなり乏しい。
シーラだったら、もしもデューンが醜い男で、全然魅力的でなかったら、それだけでも好きになれないだろう。ましてや、性格が悪ければ……である。
デューンは、しばらく押し黙っていたが、やがて言った。
「これを言ったら、また怒るかも知れないが……」
本当のことを語るときほど、言葉を選ぶものなのだろう。デューンは、最初言いにくそうに、でも、彼にしては珍しいくらいに、ぽつぽつと語りだした。
「……妹が死んだ。正しくは、死んで生まれてきた」
ウーレンによる魔族統一がなされ、世界がお祭り騒ぎだった頃、モアラ家には不幸があった。
デイオリアの二番目の子は、大難産の末、死産だった。
女もまるで戦士であるウーレン魔族にはありがちだった。特に純血を求めて、近親婚が盛んになってから、種族の願いに反するように、子供を産むことは至難の業となっていたのだ。
当時五歳のデューンにとって、足の不自由な母は、離れることのできない大事な存在だったし、また、生まれてくるだろう妹の存在は、待ち遠しい愛しい存在になっていた。
デューンは、妹だけではなく、母を失う恐怖にも震えた。
命こそ失わなかったものの、その時のデイオリアは、もう子供ができないと言われ、かなり精神的にまいっていた。だが、父のリュートは、時期が時期だけに仕事で出ることが多く、母を慰めるに、デューンはまだまだ幼かった。
体が不自由であっても、気丈で明るかった母が、ぼろぼろになっていく様子を、デューンはただ見ているしかなかった。
妹が生きていたら……。
「そのような頃、父が、婚約の話を持って来たのだ。確かに、あなたが言うように、婚約を受けたのは、たかが子供の判断に過ぎない。だが、悲しみに沈んでいた私にとっては、まるで希望の光を見たような、喜ばしい話に思えた」
そして、実際に、このめでたい話は、モアラ家に明るい話題を提供した。デイオリアが立ち直るきっかけにもなったし、デューンにも再び生まれてくる新たな命を楽しみにする日々が戻って来た。
「じゃあ……私でなくてもよかったんだ。誰か、他の……妹代わりになる女の子だったら」
「でも、あなただった」
うつむいたシーラに、あっけなくデューンは言った。
「もしかしたら、生まれてきたのは男で、婚約はなかったことになったかも知れない。でも、生まれてきたのは、あなただった。生まれたあなたに会いに行った時、どれほどうれしかったのか、言葉にはできない」
――待っていたよ、
私の大事な姫君――
シーラは、夢の中の少年の歌を思い出した。
デューンにとって、シーラという婚約者は、まるで妹を選べないと同じように、選びようのない存在として生まれてきたのだ。
好き・嫌いを越えたところに、デューンの心はあった。とても、運命に流された……では、言い尽くせない信念を感じた。
シーラは戸惑った。
自分で好きな人を選ぶということが、運命の選択に比べて、あまりにも軽薄なことにさえ思えてきた。いや、選択ということ自体、デューンは考えていないのだ。
「確かに、あなたではない別の子だったとしても、やはりその子を大事に思ったと思う。その子が、どんな少女であっても……だ。それは、否定できない」
デューンの表情が、やや緩んだ。
「でも、あなただった。あなたで本当によかったと思っている」
そう言うと、デューンはシーラの火照った頬に口づけした。
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