落馬

 翌朝、シーラは寝坊した。

 カーラに叩き起こされ、気がついたときには、デューンとの約束の時間が迫っていた。

「い、いけない!」

 シーラは慌てて飛び出した。

 デューンが学校へ戻ってしまえば、馬の練習はなくなる。残された朝練は、あと数回しかないのに。

(あの人に会いたいんじゃないわよ。馬の練習がしたいだけよ!)

 シーラは乗馬用のブーツをつっかけながら、口笛を吹いた。いつものように、ポニーが駆け寄って来た。靴ひもを適当に結ぶと、シーラはポニーに飛び乗った。

「ポニー! 急いで!」

 ポニーは、シーラの命令に忠実に走り出した。


 屋敷と厩舎は、同じ敷地内にあるにもかかわらず、比較的離れていた。

 風に乗って臭いが屋敷に届かないように……という配慮からだ。歩けば、いい散歩程度の距離である。

 芝生の上を、ポニーは飛ぶように走った。

 いつもよりも順調な走りだ。まるで風にでもなったように、辺りが飛んでゆく。

 この調子なら、若干遅れた程度ですむ。遅刻だな……とは、言われるだろうが。

 シーラは、厩舎の屋根を見て、ほっとした。

 が、その時。

 突然、世界がくるり……と、回った。

(え?)

 地面が一度、空が二度見えた。

 それから……真っ暗になった。


「シーラ! シーラ!」


 呼ばれて、シーラは目を開けた。

 デューンが、眉間に皺を寄せ、怖い顔をしていた。

「あ……遅刻?」

 口を開くと、デューンの顔に安堵の色が広がった。

「大丈夫か?」

 冷たい手が、額の泥を払った。

 どうやら、いつもとは違うただならぬ雰囲気。シーラは、何が起きたのか、思い出そうとした。

 だが、どうしても思い出せない。いつものように、ポニーに乗って厩舎に向かう途中だったはずなのだか。

「うん……。私……?」

「落馬した」

 まさか、ポニーから? 

 落馬は何度もしたことがあるが、このように何の原因もなく落ちたことはない。

 シーラは起き上がろうとした。が、デューンの手がそれを押しとどめた。

「うん、大丈夫。ポニーは?」

 シーラは、ふと顔を横に向けた。地面に横たわる馬の足と蹄が見えた。

 思わず体を起こそうとしたが、デューンが抱きとめた。

「だめだ! 見るな!」

 見間違うはずがなかった。

 ポニーは、シーラのほんの少し離れた場所で、横たわっている。その足に、少しも動きはない。

「ポ、ポニー?」

「見ないほうがいい」

 その声と同時に、シーラの視界は遮られた。デューンの上衣の柄模様だけが目に入った。きついくらいに抱きしめられ、そのまま抱き上げられた。

「い、嫌! ポニー! ポニー!」

 いくら叫んでも、デューンは放してくれなかった。

 馬は、膝をついてデューンを乗せた。デューンはシーラを抱えたまま、馬上の人となった。

 一瞬。ぐらり……と体が揺れた時、ポニーの動かない腹が見えた。

 その瞬間、デューンの馬はシーラが経験したことのない速さで駆け出した。

 さすがにシーラも気がついた。

 ポニーは死んだのだ。

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