膝枕

「それにしても僕の部屋って普通だな」


 目を覚ましてから自室に入るのは初めての経験なのだけれど、本当に普通だ。


 あるのは漫画やゲーム、後は学校の教科書とプラモデルが少々。どうやら僕は俗にいうオタクと呼ばれる人種だったようだ。


「ま、オタクだからって悪い気なんて全然しないけど……」


 そもそも人の趣味なんて自由なんだから周りがどうこう言うほうが可笑しいのだ。本当に好きな物ならば胸を張って好きと言えばいい。例え周りの人間が認めてくれなくても世界には多くの人が居るのだからきっとその中に自分の事を認めてくれる人が居る。そんな人間とつるめばいいだけの話で、無理に周りと合わせようとしても疲れるだけだ。


 まあ中にはそれができない人間もいるわけで、いわゆる孤独が耐えられないタイプがそれにあたるだろう。そう考えると僕の孤独耐性はめちゃくちゃ高そうだ。だって孤独という物が何かよくわからないから。だらこそ今もこうして平然といられるのだろう。


「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……つ、疲れた」

「……無駄なエネルギー使わせないで欲しい」

「ま、まだ言うか……」


 どうやら二人の言い合いは終わったようだ。見た感じ痛み分けという所だろう。


「……章。だっこ」

「はいはい。おいで」

「……えへへ」

「ちょ!? あ、あんた何をしているの‼」

「ん? 何って見たままだけど……」


 別に求められている以上断る義理はない。それに葵の場合僕にへばりついているだけで、少々動きづらい以外大した実害はないわけだし、このまま寝てくれるとこちらとしては面倒事が減るのでむしろありがたい。


「……勝った」

「く、くぅぅぅぅ‼ やっぱりコイツ殺す‼」

「まあまあ落ち着いて」

「これが落ち着いていられるわけないでしょう‼ あんたは仮にも私の彼氏なのよ!? 他の女の子に優しくしないでよ‼」

「ん~? そう言われても僕としては秋葉と付き合っていた頃の記憶がないわけだし……」

「それなら私にも同じ事しなさいよ‼」

「いいけど……」


 秋葉の場合、何かの拍子で僕の首を絞めてきそうで怖いからあまりやりたくない。


「その渋い反応は何よ‼ もういいわよ‼ 章の阿呆‼ 馬鹿‼ おたんこ茄子‼ あんたみたいな奴馬に轢かれて死んじゃえ‼」


 秋葉はそんな捨て台詞を吐いて部屋から出て行ってしまった。


「一応先月トラックに轢かれてはいるんだけね……」

「……章?」


 僕の体には未だにその時の痛々しい傷が深々と刻まれている。グロテスクな物は別段苦手ではないつもりだが、どうも自分の傷に関しては別口らしく、僕は傷口の事を思いだすたびに言いもしれない気持ち悪さに襲われる。


「……大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫だよ」

「……嘘」

「え……」

「……章。顔色凄く悪い」

「あはは……そうかな?」

「……うん。章はまだ退院したばかりだからもっと休むべき」

「そう……言われてもね……」


 こちらとしても休みたい。でも自身が五股しているかもしれないという事実を突きつけられて、僕の心は平常ではいられず、体を動かしていないと落ち着かないのだ。


「……章。ここきて」

「そこは……」


 膝? 一体何のつもりで……


「……私。いつも章にお世話になってる。だからお礼」

「ええと……お礼に膝を貸してくれるの?」

「……うん。私の膝。ひんやりして気持ちい。きっと気にいる……と思う」

「そ、そういわれても……」


 やはり女の子の膝で寝るのには抵抗がある。それが美少女だと猶更。


「……私の膝じゃ不満?」

「いや、そんな事は無いけれど……」

「……なら早く」

「あ、ちょ……」


 な、ナニコレ!? 超気持ちい……女の子の膝ってこんな感触なんだ……


「……いい子。いい子」


 こ、これはダメだ。絶対人をダメにするやつだ。で、でももう動け……


「……おやすみ。今はゆっくり休んで」

「…………………………」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る