三宮寺唯
「つ、疲れたぁ……」
姉である香苗さんに捕まってからおよそ五時間。僕は彼女から永遠と僕と香苗さんに関する話を聞かされ続けた。
一応僕の記憶に関して得るものはあったが大半は彼女の無駄話であり、役に立ちそうな情報はほとんどなかった。
その香苗さんも今は明乃さんの買い物に無理やり連れていかれおらず、今現在家には僕一人しかいない。
「喉渇いたなぁ……」
確かリビングにお茶があると明乃さんが言っていた気がする……そうと決まれば行動開始。
「お茶~お茶~お茶お茶お茶~」
お茶はやはり緑茶が一番だ。あの独特の苦さがまた癖に……
「おお‼ 章‼ 元気か‼」
「へ!? だ、誰……!?」
一階にあるリビングに降りるとそこに母親の姿はなく、杏とは正反対といったタイプの見るからに元気そうな美少女がソファに座っていた。
褐色の肌に、白色の髪。口からは八重歯が可愛らしく生えており、瞳はサファイアに似た澄んだ青色。男性にモテるというよりは女性にモテそうな人だ。胸は……言わないでおこう。
「む……今何か失礼な事考えただろう?」
「そんな事ありませんよ? いくら何でも初対面の相手……しかもこんなに可愛らしいお嬢さま相手にそんな失礼な事考えませんよ」
「か、可愛い……」
あ、赤くなった。この人初心だねぇ……まあ杏みたいに病んでいるよりははるかにましで、扱いやすそうで助かる。ただ勘はいいようだ。
「って呆けている場合じゃなかった‼ 章‼ お前記憶喪失って本当なのか!?」
「ええ、ほ、本当です……だからく、首絞めないで……ぐ、ぐるじい……」
「あ、ゴメン……」
ゴホッ……全く。いきなり首を絞められるなんて思いもしなかった。この人……もしかしたら僕の思っているより危険な人なのかもしれない。警戒しておこう。
「それであなたは一体誰なんですか?」
「私か? 私は
「自分でそういうの……?」
「ああ‼ 私は馬鹿だからな‼ はっはっはっ‼」
この場面で自分が馬鹿かどうかなんて本当にどうでもいいのに……その辺に気付かないあたりこの人は本当に馬鹿なのだろう。その時点で僕の警戒レベルはゼロへと自然と引き下げられる。
「そういえば杏の奴はまだ来てないんだな」
「杏がどうかしたのか?」
「ん? あいつは私達の中で一番章にべったりひっついているからてっきり私より早く来ていると思っていたんだが……どうやら私が一番のようだな‼」
「……周りを見ればすぐに気づくだろう。馬鹿……」
「おお。その感じ‼ まさしく章って感じだな‼ 記憶を失ったっていうから性格まで変わってしまったと思ってたから安心したぞ‼」
「……馬鹿と言われて喜ぶ人っているんだ……」
「ん? 何か言ったか?」
「あ、なんでもないです……」
僕。この人の事苦手だ。この人と会話しているとなんだかこっちまで頭がおかしくなりそうだ。これで幼馴染だというのだから驚きだ。前の僕は一体どれほどうまくやっていたのだろう。
「それであの事は覚えているか?」
「あの事……?」
「うむ。私と章が
「ふ~ん。僕と君が付きあ……ちょっと待て‼」
「む? なんだ?」
「ぼ、僕と君は付き合っていたのか?」
「ああ‼ そうだぞ‼」
これは一体どういう事だ? 杏の話を聞く限り僕の恋人は杏のはずだ。でも今目の前に僕の恋人を名乗る人物がもう一人現れた……一体これはどういうことだ?
「え、ええと……」
「唯でいいぞ‼」
「そ、それじゃあ唯。君が僕と付き合っている話は本当……なのか?」
「ああ、そうだぞ‼ 何ならデートも何回もしたし、キスも何度もしているぞ‼」
「嘘だろう……お前……」
「む? 心外な。私は嘘などつかぬぞ‼」
それは唯の反応を見ればわかる。なんせこいつは筋金入りの馬鹿だ。小細工を労せる様なタイプではないし、嘘をつこうものならば一発でバレる……と思う。
そうなると杏が嘘をついているということになるが……でも杏のあの反応。嘘をついているようには見えなかった。そうなるともしや僕は……
「僕は二股屑野郎だったのか……?」
だとしたら最悪だ。ああ、糞……どうしてこうなった……
「章。今何といった……?」
「え、ええと……」
ここで真実を言うべきなのだろうか? 真実を言おうものならばきっと唯は怒るだろう。何なら僕は今この場で絞殺されかねない。でも言わないのも誠実じゃないし……それに二股をかけたのは記憶を失った今の僕ではなく、前の僕であってそれならばきっとなんとかなるはずだ。
「実は……杏に僕と付き合っていると言われて……」
「なんだ。そんな事か‼」
「そんな事……?」
なんだ……? このやけにあっさりとした反応……普通怒ってもいい場面なのにどうして怒らない。むしろ納得したようなスッキリとした顔をしている……
「ああ。そんな事だ。杏は嘘つきだからな‼ 信用するだけ無駄だぞ‼」
「そ、そうなのか……?」
それにしては杏のあの時の表情や言葉は嘘や演技には見えなかったが……
「そうなのだ‼ それともあれか? 彼女の私のいう事が信用できないとでもいうのか? そうだったら私は悲しいぞ……」
「うっ……」
泣くのは勘弁して欲しい……それに泣きたいのはむしろこっちの方だ。
「はぁ……分かったよ……ひとまず信じるよ……」
「流石私の章だ‼」
唯は嬉しそうに僕に抱き着いてくるが僕としてはそれに素直に喜べるような心理状態をしていない。ひとまずこの事については当の本人である杏が来てからにするとしよう……そうしよう……
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