まじもの
友人のAがクラスメイトにいじめられるようになったのは、ちょうど夏休みが明けた頃だった。
Aとは小・中学校と同じクラスで出席番号も近かったため、自然と仲良くなった。口下手だがよく本を読み、その食指は文芸書から評論、海外の書物まで多岐に及んでいた。私は彼女の知識の深さに驚かされることが何度もあった。Aと一緒にいることで、自分の世界が深まっていくのを感じていた。
いじめのきっかけは、Aの内向的な性格が気に障るという、理不尽極まりないものだった。いじめは無視と陰口を中心に行われ、教師に露見しないように、物を隠すなどの行為は避けられていた。
気付いていたのは、Aの身近にいた私一人だけだった。Aは自分の身を守るのが精一杯で、教師はおろか親にすら口を閉ざしていた。
私は悩んだ。事を荒立てると、Aの身に今まで以上の災難が降りかかるかもしれない。それに思慮深いAのことだ、頑なに口を閉ざし続けているのも、それが彼女なりに最善の策であると考えてなのだろうと思った。下手に彼女の意志を妨げてはならない。自分にできることは、Aの抵抗をしっかりと見守りつつ、彼女が安心して気を抜ける居場所であり続けることなのだと私は考えた。
私は彼女の苦しみを少しでも軽くするために、今までにも増して話を聴いたり、休日を一緒に過ごしたりした。そこで彼女がわずかでも笑顔を見せてくれることで、私は救われるような思いがした。
一か月ほど経ったある日、Aをいじめていたクラスメイトが事故死した。深夜に揃って繁華街をうろついていたところを、居眠り運転のダンプカーに撥ねられたのだ。全員が即死だったという。
あまりの出来事に言葉を失った。説明する教師の声が遠くに聞こえた。私はAの顔を盗み見た。いつもと変わらぬ横顔に、何の感情も読み取ることは出来なかった。
その日の放課後、私はAを校舎裏に呼び出した。とめどなく湧き起る疑念を振り払わずにはいられなかったのだ。あれは本当に事故なのか? 偶然にしては、あまりに出来過ぎているのではないか?
私が問いただすと、Aはしばらくの沈黙の後、全ては自分のせいだと言った。
「呪ったんだ」
Aは、ネットで調べた呪いを実行したのだという。
それは『まじもの』というらしい。
ガラス瓶の中に昆虫・爬虫類などを何十匹も入れて喰らい合わせる。そして最後に残った一匹の頭に釘を打ち、呪いたい相手の名を書いた紙と共に火で焼くと、名前を書かれた相手に不幸が訪れるという――。
私はぞっとした。淡々と語るAの目は、私を見ているようで、何も見ていなかった。口元には薄笑いすら浮かんでいた。目の前にいる少女は、本当にあのAなのか――?
「だから、あいつらは死んだの。憎い奴は、みんないなくなるんだ」
その言葉に、私ははっとした。そう、あいつらはもういないのだ。Aは解放された。もう苦しまなくていいのだ――。
気付くと、私はAを抱きしめていた。一瞬感じた寒気はどこかへ消えていた。嬉しさで、目から次々と涙があふれた。
それからしばらくして、Aは転校することになった。彼女はすべてを両親に打ち明け、嫌な思い出の残る場所を離れる決意をしたのだった。
Aは私に行く先を告げなかった。遠く離れた土地で気持ちを整理する、しばらく時間が欲しい、落ち着いたら連絡すると彼女は言った。私は悲しかったが、その想いを尊重し、了承した。
いよいよ別れ際、駅に見送りに来た私に、Aは封筒を手渡した。
「あとで読んで。今までありがとう」
Aはそれだけ言うと、汽車に乗り町を去って行った。
自宅に戻ると、私はさっそく封筒を開けてみた。中には、便箋が二枚入っていた。
一枚目を読み始め、私は首を傾げた。そこには、以前Aが話した『まじもの』の手順が記されていたのだ。てっきり伝えられなかった別れの言葉が記されているものと思い込んでいた私は、酷く困惑した。
(どうして今さらこんなものを―?)
しかし、読み進めていった目が、最後の一文で止まった。
『呪いをかけたことを決して他人に話してはならない。呪いは口伝えに伝染していく』
全身から血の気が引いた。
震える手で二枚目を見る。
書き殴ったように、二言。
傍観者め
死ね
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