第6話

「まだまだ魔力が安定していないね。

 このままではいつ暴走するか分からない。

 いきさつは見ていたから、正邪の判定は必要ない。

 相手が邪悪なのは明白だからね。

 溜まりに溜まった怨念を発散しておかないと、危なくて仕方がない。

 憎い相手を思い浮かべながら、呪いに特化した儀式を行うよ」


「はい」


 なにも考えずに返事してしまいました。

 無条件に信じてしまいました。

 人間不信どころか、人間を増悪していたはずの私が、一目惚れですか?

 信じられません!

 私はどうなってしまったのでしょうか?


 胸が鼓動を打つたびに締め付けられるように痛みます。

 今まで経験したことのある、憎しみと恨みからの痛みではありません。

 どこか甘美な痛みなのです。

 甘く切ない痛みなのです。

 こんな経験は初めてです。


 ガブリエル様が中空に描く魔法陣、術式をまねて、魔皮紙に書き込みます。

 今まで使っていた魔皮紙とは比較にならない魔力を秘めた魔皮紙です。

 一体もとになった魔獣はなんなのでしょうか?

 信じられないくらい強大な魔獣だと思われます。

 まさか、亜竜種の皮から作られた魔皮紙なのでしょうか!


 徐々に魔巻物が完成に近づきます。

 自分で作りながら、これほど禍々しい魔巻物に恐怖を感じてしまいます。

 私が心に宿していた増悪は、これほど禍々しいモノだったのですね!

 これを自分の心から取り除けることに安堵します。

 ガブリエル様と出会っていなければ、こんな気持ちにはならなかったでしょう。

 禍々しい思いをさらに育てて、復讐に使っていたことでしょう。


「さあ、ここにさっき創り出した魔血晶を据え付けなさい。

 そうすればこの魔巻物は完成です。

 そして直ぐに使いなさい。

 ローズの新たな人生には、このようなモノは不要です。

 不要になるように私が力を貸しましょう。

 だから今までの恨みつらみは、この場で解消するのです」


「なぜですか?

 なぜ初対面の私にこれほど親切にしてくれるのですか?

 理由を教えてください!」


 聞くのが怖かったです。

 本当は、時間をかけて親しくなってから、確信を得てから聞きたかった。

 でも、私の人生経験が、そうさせてくれませんでした。

 私の大切なモノは、全て奪い去られてきました。

 いえ、そもそも実感として大切に思えたモノなど、リュカだけでした。


 母上の兄上も、リュカが教えてくれたから、大切な人だったのだと、心の拠り所としてあるだけです。

 実際の記憶などないのです。

 そんな私にとって、この歳になって、初めて魅かれた人です。

 縋りついてしまっても仕方ないではありませんか!

 失いたくないのです!

 誰にも奪われたくないのです!

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