本の中で夢を見る

(松´ `子)

序章

《誰でも好きなときに、好きな場所でこの本を開くと、あなたの願いが叶う!》


 どこの世界にこんな胡散臭いフレーズを帯にする出版社があるんだよ、とその本を手に取った少女は訝しげに眉を顰め、そして裏表紙を確認する。出版社名はないものの、販売元であるここ、『夢喰いの森』の判子が押されていた。裏表紙から1頁捲っても、出版社どころか発売日、著者名、そして肝心の本の名前もない。ただ、菱形ひしがたの宝石のような石が埋め込まれていただけだった。


「願いが叶う、か……」

 本を閉じ、独りごちるように呟いた少女の声は、文字通り“少女ひとりしかいない”店に、自棄に大きく響く。何気なく、少女は名前の無い本を小脇に挟み、少ない棚を見物し、そして店を出た。カランカラン、と古めの喫茶店の扉にあるようなベルが鳴り、少女は初めて自分が何気なく、万引きをはたらいたことに気付く。あ、お金払わないと!と踵を返したが店があった場所に店はなく、そこには空き地が広がっており、小脇に挟んでいたはずの名前の無い本もいつの間にかなくなっていた。


 戻した記憶の無い本がなくなっていたことに少女は顔を青くし、そしてそこにあったはずの店がなくなっていたことに困惑した。



「でも、持ってなかったら万引きしたことにならないよね?戻したかもしれないし。…全然覚えてないけど」

 そう言って、少女は帰路に着いた。



 後に少女は聞く。

『夢喰いの森』という本屋は存在せず、そして、あの空き地は少なくともここ数十年店が建った記録がないことを――

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