危険な人形捕まえた

@dukekikurage

第1話

36人殺しを自称する人形を捕まえた。こいつは今日だけで3人殺している危険な人形だ。なんとかして僕とママはコイツを捕まえたのだが……



「スパイク、早くそいつを暖炉に入れて!」


切られた左足を押さえながらママが叫んだ。出血はしているが傷は深くないようだ。喋る元気はあるみたいだし。


「分かったよママ」


「離せ糞ガキがぁ!さもねえとテメエのママをファックしてやるぜ!」


人形が叫んでいるが後半の意味が分からない。前半は先生がタバコを吸いながら学校裏で言っているのを聞いたことがある。一体どういう意味なのだろう?


「ママ、ファックってどういう意味?」


「そんなこと説明させないで、早くそいつを暖炉に入れるのよ!」


何故か慌てたように叫ぶママ。いつも僕にキーキー声を出すなと言うくせに自分は出すのか。これだから大人ってやつは。


「糞が、糞が。俺は36人も殺したルーカス様だぞ!こんな小便臭いガキと糞ビッチに好き放題されてたまるか!」


体をめちゃくちゃに動かして、抜け出ようとするルーカス。こいつは見た目によらず、ものすごい力を持っている。僕もママも力では勝てない。このままだと危険かもしれないと感じた僕は、意をけっして暖炉に足を進めた。


「止めてくれスパイク!俺が悪かったよ。もう誰も殺さない、ちょっとふざけてただけなんだ信じてくれぇ!」


情けない声で命乞いをするルーカス。その姿に外に追い出され、反省するまで家に入れないと言われた自分を重ねた。あの時は薄手の服で外に出たので寒かった。あの時の三時間は一生終わることのない永遠に感じた。僕はそれと同じ事を彼にしようとしてる。いや、全身を焼き肉にしようとしてるのだからそれ以上だ。彼は人殺しだけどそこまでするのは可哀想ではないか?


「本当にもうしない?」


足を止めルーカスの顔を除き見る。彼は首だけ回すと、血だらけの顔を歪めながら言った。


「ああ、もうしないさ。俺は心を入れ換えたんだ。神に誓って本当だ。」


「駄目よスパイク、私の言うことを聞いて!」


相反する二つの意見。僕は考えた

人殺しはいけない事だと色んな所で聞かされた。僕もそう思う。どんな理由があっても人が人を殺してはいけないのだと。そうだ。僕には彼を殺せない。見た目は人形でも人と同じ魂を持つ人間なのだから。僕はカートを引こうと力を込めた。しかし、僕の苦悩も知らずにルーカスは言葉を続けた。


「俺達親友だろう?」


頭に電撃が走った。あれは確か3ヶ月前の事だったはず。同じ事を言って僕が好きな女の子を教えて欲しいと言われたことがある。友達だったマイクに伝えた次の日には、クラスどころか隣の隣にまで話が広まっていた。


「あ、テメエ!なにやってんだこの野郎!暖炉に近づけるんじゃねえ!」


「その調子よスパイク!」


僕は再び暖炉に進む。あの日以来軽々しく友達と言うやつを信じていない。


「止めてくれスパイク、俺には家族がいるんだ!妻と3歳になる子供だ。俺が死んだら二人とも飢えちまうぅ……」


すすり泣くルーカス。見た目は赤ちゃんのような人形なのに声は親父なので違和感がある。だが、悲壮な声に釣られて僕も悲しくなった。僕の家はママと僕の二人だけだ。ママは夜遅くまで働いていつも一人きり。保育園から帰ってくるのだって一番遅い。パパが居たときはこんな生活じゃなかった。パパは遅かったけど休日にはキャッチボールしてくれて、野球の試合にだって連れていってくれた。ママも今より笑顔が多くて楽しかった。家族がいなくなることで起こる不幸をよく知っていた。彼の子供に同じ目にあって欲しくない例え人殺しでもパパなんだから……。


「スパイク、どうして足を止めるの!?」


嫌だ。こんな目に遭う人を増やすのは。人殺しにだって家族はいる

その人達の幸せを僕の我が儘で壊していいはずがない。罪を憎んで人を憎まず。よくパパが教えてくれた。どんなに悪いことをする人がいても思いやりの心を捨ててはいけないと。パパは新しい女の人と一緒になっていたしまったけれども僕は……。


「テメエいい加減にしろ!」


僕の思考はルーカスの声によって遮られた。額に青筋を浮かべて、顔中汗で濡れながら叫ぶ。


「何時まで待たせんだこの野郎!こっちだって暇じゃねえんだ!このまま暖炉に突っ込んで殺すのか、また楽しい鬼ごっこするのか選べ!」


究極の選択だ。実を言うと僕は足を捻っている。ルーカスに追われて、慌てて階段を降りたときに挫いたのだ。僕にもママにも、もう一度追いかけっこする気力はない


「足が痛くて動けないんだ。走るなんて出来ないよ」


「だったら殺せ、その足で動き回るのは無理だろうが!そんなことも分からねえのか糞ガキ!」


彼の言葉で大事な事を思い出した。人生はゼロサムゲームなのだと。学校の先生は常に言っていた。僕らは限られた椅子を取り合うゲームに参加しているのだと。勝てば全てを手入れて負ければ全てを失う。僕らはゲームに勝ち、彼は負けのだ。ここで彼を逃がすと僕らが敗者になる。僕らには抵抗する力が残っていないのだから。


「分かったよ」


「この野郎止めろ!なあスパイク、俺が悪かったよ。もう人を殺さないって約束するよ、だから許してくれ、な?俺達友達だろ?」


ルーカスの命乞いを無視して、暖炉にカートを蹴っ飛ばした。車輪を回してカートは進む。僕たちの想いを乗せて。白いボディーは赤く染まり悲鳴を上げる。パチパチと音を上げ、溶けていくカートを見つめ涙した。買ってから2日の短い付き合いだった。何の思いでもないが一つの命が燃えている事実に涙した。


「ギィィィィアァァァァァァ!」


カートの悲鳴が聞こえる。なんて悲痛な叫びだ。僕の眼から涙が溢れる。僕はなんて罪深い事をしたのか。僕のために今ここで、一つの命が尽きようとしている。


「ママ」


ママに抱きついて涙した。ママも泣いていた。カートを燃やした事実への苦悩、自分が物を壊したと言う達成感。命が手のひらで踊っている喜びを噛み締めて泣いた。


「いいのよ、カートはまた買ってあげるから……。さあ、お夕飯にしましょう」


燃えるカートを尻目に立ち上がる僕たち。僕は一年に一度の素敵な日に大事な事を教わった。例え非情に思えても、危ない時は自分の命を最優先するべき。情ではなくて、客観的な視点で物事を見るべきだと。それが出来なければ非情な世界で生きていくことは叶わない。今日の出来事は僕の胸に深く刻まれた。


「メリークリスマス、僕の白いカート」


燃え行くカートと悲鳴を肴に、固いパンと薄いスープを食べた。今日のご飯はほんのりとしたコンソメとプラスチックの臭いがした。

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