第八十七話 それから……(後半)

「ベルネル君。今まで黙っていましたが、貴方の持つ闇の力は元々はアレクシアのものです」

「……知っています。あの戦いで、アレクシアが自分で話したので……」

「恐らくは完全に魔女になってしまう前に、自分を止めてくれる誰かに可能性を託そうとしたのでしょう。

だから貴方の中にはアレクシアの力と、切り離した魂の一部が入っています」

「それも、知っています……」


 アレクシアの一部。それがあったからこそ、ベルネルは主人公的な活躍が出来た。

 しかし既に知っていたのは意外だった。

 そういや向こうにいる時に見たゲームでも、水晶の前で戦ってるときに何かアレクシアと和解(?)みたいなのしてた気がする。

 多分ゲームを作った連中……伊集院さんとか夜元さんもベルネルが主人公的だったから、彼をゲームの主役に抜擢したのだろう。

 そういや伊集院さんは、やっぱ新人おれが死んだ後は記憶が戻ったんだろうか。

 かなり迷惑をかけてしまったが、結局何も詫びる事が出来なかったな。


「貴方がよければですが……彼女の魂をアレクシアに返してあげてくれませんか?」

「はい、喜んで」


 おお、即答。

 これをやってしまうとベルネルはもう闇パワーを使えなくなるので弱体化してしまうが、迷う素振りが一切なかった。

 流石。イケメンは精神もイケメンなんやなって。

 多分、あのラストバトルでアレクシアと共闘した事で考えが変わったのだろう。

 ベルネルの手を握り、もう片方の手をアレクシアに当てる。

 そしてかつてベルネルから闇の力を借りパクした時と同じように、ベルネルの中のアレクシアソウルを力ごと受け取ってすぐに魂だけアレクシアへと押し付けた。

 力は返してやらない。こんなものはもう、無い方がいいからだ。

 だから俺の中にまだ残っていた闇パワーも合わせて外に出し、そして周囲の魔力から人の心の光をかき集めてぶつけて消滅させてやった。

 一時的に闇の力を俺の中に入れてしまったが、今回は俺の身体をさっと通しただけなので寿命もほんの数週間縮むだけで済む。

 亀から貰った命をいきなり減らしてしまったが、まあ百年もあるらしいし……数週間くらいはいいやろ。

 というか百年とか長すぎるんじゃボケ。


 闇の力はこれで俺からも、ベルネルからも完全に消え去った。

 消したところで一度縮んだ寿命が元に戻るわけじゃないが……魔女がいなくなった今ではもうこれは要らない。

 それに闇パワーなんかなくても俺には強大な魔力があるし、新必殺技の人の心の光ブン投げアタックもある。

 よって、闇パワーを捨てても何か不便する事はない。


「ん……」


 お、アレクシアが目を覚ました。

 彼女は最初は何故自分が生きているのか理解出来ずに困惑していたようだが、俺の姿を見ると反射的に跳び退いた。


「エ、エルリーゼ……! これはどういうことだ!

何故私の封印を解いた……いや、何故私は生きている!?」


 一応魔女の要素は全部抜いたはずなのだが、性格まで変わるわけではないらしい。

 多分聖女だった頃からこんな人だったのだろう。

 実際ゲーム中でもこんな尊大口調だったし、多分これで素なのだ。


「落ち着いて下さい。

封印を解いたのは、もう貴女が魔女ではないから。

生きているのは今、私が蘇生させたからです」

「……魔女ではない……?

確かに……言われてみれば今まで絶えず私の中にあった破壊衝動が消えている。

久しぶりに心の霧が晴れたような気分だが……解せぬ。

何故私を蘇らせた?  お前に何の得がある」


 聖女は初代魔女+歴代魔女の怨念によって人々の醜さを直視させられ、人に絶望して魔女となる。

 その怨念が消えた今、彼女の中にはもう人に対する過剰な攻撃性はない。

 しかしそれはそれとして、人類に失望した彼女もまた間違いなく彼女自身だ。

 それをわざわざ救うなど、向こうにしてみれば意味が分からないだろう。


「得がなければ、誰かを助けてはいけないのですか?」


 何の得があると言われも別に何の得もない。

 あえて言うなら俺が後味が悪いからだ。

 要するに俺はただ、いい奴であるように振舞いたいだけだ。

 善行を積む自分に酔っていい気分で精神的にオナニーしたいだけである。それが全てだ。

 いい事をした後は気分がいいって言うだろ。そう言う事だ。


「……ディアス元学園長に貴女を救うように頼まれたのです。

理由など、それだけで十分ですよ」

「お前は……」


 アレクシアは変な物を見るような目で俺を見た。

 そして呆れたように溜息を吐き、唇の端を歪める。


「……呆れた奴だ。お人好しというにも程がある。

私は……そんなふうに考えた事は一度もなかった。

聖女だった頃はずっと、聖女をやっている事に苦痛しか感じていなかったよ。

いつも、『どうして私だけが辛い思いをしながら誰かを助けなければいけない』と、不満に思っていた。

……お前ほどの気高さがあれば、私もこうはならなかったのかもな……。

今はただ、純粋にお前が羨ましいよ……お前は心まで聖女なのだな」


 いいえ違います。

 俺が平気だったのはそれが根本的な部分では全部自分が気持ちよくなる為の自慰行為だったからで、要するに自分が気持ちいいから長続きしただけで何の苦痛もなかっただけです。

 要するに俺は元々底辺のクソ下衆だったから闇落ちなんてしようがなかっただけです。

 表向きはいい人を演じて、そんな自分を客観的に見る事で『俺かっけええええ!』ってやっていただけです。

 で、聖女の皆さんが闇落ちしたのは行動が基本的に他人の為で、自分が全然気持ちよくなかったからです。

 そんなん長続きしませんわ。むしろよく続けたもんだと感心させられる。

 要するにあんた等は全員お人好しで気高いから闇落ちしたんです。

 ……などと素直に話すわけにもいかないので、俺は曖昧に笑っておいた。

 社会人奥義・『返事に困ったらとりあえず笑っておけ』。

 ただし多用は禁物だ。


 その後アレクシアはアイズ国王と兵士達に何処かへ連れられて行った。

 もう魔女ではないとはいえ、それでも生涯表舞台に出て来る事はないだろう。

 とはいえアイズ国王も後ろめたさはあるようで、俺が口添えをしておいたら分かっていると頷いてくれた。

 何でも、外に出す事は出来ないし幽閉以外の選択肢はないが、人の目の無い場所に庭付きの小さな屋敷を建てて、そこでディアスと一緒に生活させるつもりらしい。

 勿論敷地の周囲は見張りで囲むが、敷地内であれば少しくらいは屋敷の外に出る事も許すつもりで、何も悪事を働かない限りは静かに余生を過ごしてもらうつもりだと言っていた。

 何その養われ生活。逆に羨ましいわ。

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