第八十七話 それから……(前半)

 魔女との戦いが終わった後は、色々な事がありました。

 ……あ、いや、あった。

 どうもいかんな。まだ気を抜くと心の中でまで何故か敬語口調になってしまう。

 あの時に取り込んだ人々の正の感情は投げ捨てたはずなんだが、どうも少し精神汚染……いや、浄化? が進んでしまったらしい。

 とはいえ、元々がクソオブザイヤーの俺だ。多少浄化されたところで聖人になるわけもなく、精々救いようのないクソが少しだけ普通に近付いたって程度の変化だろう。


 あれから、国を挙げてのプロフェータの葬儀が行われた。

 亀のおかげで俺はのうのうと生き残り、その身代わりとなって亀が逝ってしまったが、その死に顔は何ともまあ羨ましくなるほどに安らかで満足気なものだった。

 付き合いの長いアルフレア辺りは悲しむかと思ったんだが、別にそんな事はなかった。

 本人曰く、悲しさがないわけではないが十分に生きた上であんなに満足して最高の死に場所を見付ける事が出来たんだから、むしろ亀は腹が立つほどに幸せだった……らしい。

 葬儀には守り人達もどこから情報を仕入れたのかは知らないが一斉に駆け付け、あわや魔物扱いで退治されそうになっていた。

 ……仕方ないので助けたらますます懐かれた。

 猿に懐かれてもなあ……。


 それと、魔女を本当の意味で倒したという事で盛大にパレードが開かれ、毎日がお祭り騒ぎとなった。

 俺が聖女ではない事はとっくに周知されているはずなのだが、何故か俺は『大聖女』という事になっていた。

 誰だそんな呼び名付けたの。偽物だっつってんだろ。

 というか本物の聖女が二人もいるんだから、そっちに聖女の座を渡してやれ。

 俺はもう要らん。


 ああ、それと亀に後継者指名されたおかげで、亀の能力を得てしまった。

 意識を研ぎ澄ませると、自分がそこにいなくても遥か遠くの映像や声も拾う事が出来る。

 流石に全てを知覚する事は脳の処理速度の問題で不可能だが、視ようと思えばどこでも視れるし聴こうと思えば何でも聴こえる。

 だから、エテルナの入浴とかも覗こうと思えば覗ける。

 いや、やってないけどね。やってないよ? 俺は紳士だからな。そんな事はしない。

 ……ふう。


 というわけで今度こそハッピーエンドだ。

 亀が死んでしまったのにハッピーエンドと言っていいかは分からないが……まあ、ハッピーエンドと言ってしまおう。

 これでバッドエンドなどと言っては、命をくれた亀に悪い気がする。

 あいつのおかげでハッピーエンドになったのだと、そう思った方があいつの命に報いられると思うんだ。

 ならば後は、聖女の座を退いて夜逃げするだけだ。

 俺みたいな偽物がいつまでも上でふんぞり返ってでかい顔をしているのはよろしくない。

 しかしいくらアイズのおっさんに俺は偽物なんだから、聖女の座をエテルナに返すように言っても何故か取り合ってくれない。

 となればもう、後は俺が消えるしかない。

 一応、レイラは置いていくとまた泣きそうなので連れて行ってやるかな。

 だがその前に一つ、やっておく事がある。

 ……一方的に、勝手に向こうが言った事ではあるんだが、アレクシアを助けてくれって言われちまったしな。

 というわけで俺は今、皆と一緒に教会地下のアレクシアを封印した結晶の前に立っていた。


「エルリーゼ様……本当にやるのですか?」


 レイラが不満を隠さずに言うが、心情的には分からんでもない。

 魔女がただの被害者だった事はもう誰もが知っている。

 だが理解と納得は別で、理性と感情も別だ。

 今の世代にとってアレクシアは忌み嫌う魔女であり、そのイメージはそうそう消えない。

 実際俺もアレクシアはそんなに好きじゃないし、一度はこのまま放置する事を決めていた。

 だが全てが終わった今、もうアレクシアを封印し続ける意味はない。

 しかもアレクシアは表情がね……封印される寸前の恐怖に引き攣った顔のままだから、このまま放置は何か少しいたたまれない。

 このまま俺が何もしないで放置すると、後世までこの情けない表情で固定されたまま晒し者にされてしまうだろう。

 嫌いな奴だが、それは流石に哀れすぎる。


「アレクシアの中の闇は完全に出て行きました。

したがって、ここにいるのはもう魔女ではありません」


 レイラに説明しつつアルフレアに目配せをする。

 以前は力技で強引に封印を破壊したが、今回は術者のアルフレアがいるので彼女に解除してもらうだけでいい。

 アルフレアは特にアレクシアと何の因縁もないので、ベルネル達のような嫌悪感は顔に出ていなかった。

 これがベルネルだったら封印を解除してくれなかったかもしれない。


「了解。私も閉じ込められる辛さは知っているからね。

この封印魔法ってさ、死んでも解除されるまでは魂があの世に行く事すら出来ないし……せめて解放してやりたいって気持ちは私にも分かるわ」


 アレクシアの魂はまだ閉じ込められたままだ。

 そもそもこの封印魔法はアルフレアを一時的に仮死状態にして次の聖女の発生を促し、尚且つアルフレアを死なせない為のものだった。

 なので空間ごと凍結させられるこの魔法に一度閉じ込められてしまえば、魂すら脱出出来ない。

 でなければアルフレアの魂は千年もの間、肉体に留まりはしなかっただろう。

 実際不動新人は少しの間死んでいただけで、魂の大半がエルリーゼとして転生してしまったわけだしな。

 つまりアレクシアの魂はまだここにいるっていう事だ。

 ベルネルの力の暴発によって死亡したが、まだ死亡直後の状態なので脳は壊死していない。

 つまり……まだ蘇生が間に合う。


「いくわよ。封印解除!」


 アルフレアが手を翳し、アレクシアを閉じ込めていた結晶が消滅した。

 倒れるアレクシアの身体を風魔法で浮かしてゆっくりと地面に横たえ、俺はその前に座って掌を彼女の心臓に当てた。

 まずは治療魔法。これで傷を完全に癒し、次に雷魔法で心臓に電気ショックを与える。

 更にアレクシアの口元に手を当てて風魔法で空気を送り込み、呼吸をさせた。


「エルリーゼ様……何を!?」


 レイラに今説明すると、問答無用でアレクシアを斬ってしまいそうなので無言で魔法を続ける。

 するとアレクシアが咳き込み、胸が上下し始めた。

 よし、蘇生成功。思った通りまだ間に合う状態だったな。


「エルリーゼ様、どうして……?」

「先程も言ったように、もう彼女は魔女ではありません。

したがって、もう無理に敵視する必要もない……それだけです」


 悪名が知れ渡っている今、もう聖女としての再起は不可能だろう。

 だが人里離れたどこかで静かに余命を過ごすくらいの平穏はアレクシアにも訪れていいはずだ。

 前までは別にそんな事は思わなかったのだが、俺も少し甘くなっただろうか。

 後は……確かベルネルの中にアレクシアの魂の欠片があったな。

 それももう、返してやっていいだろう。

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