第七十五話 魔女との戦い(後編)
「貴様……そうか! 我が力の一部を持つ者……貴様がそうか!」
魔女はかつて……まだアレクシアとしての善の心が残っていた時に、自分が完全に闇に落ちる前の抵抗として己の魂と力の一部を切り離して外に逃がした過去があった。
完全に魔女となってからはその行為はただ後悔するだけしかない愚かなものとしか認識出来なくなってしまったが、この世界のどこかに自分から分かれた一部がある事は知っていた。
三年前に一度は発見した。
分かたれたとはいえ自分の力だ。故に共鳴のようなものがあり、何となくその場所を把握する事が魔女には出来た。
しかしその場所にオクトを向かわせたものの、その時はエルリーゼに阻まれてしまい……何故かその後、全く力の波動が感じられなくなって、完全に見失ってしまった。
その逃がした魚が、こんな所にいようとは!
魔女は唇を大きく弧の形に歪め、昔なくしてしまった宝物を見付けたように喜んだ。
「おお、何という幸運……誘い込んだ者が、まさか私の力を持つ者だったとは……」
「これが、お前の力だと……?」
「いかにも。それこそ私が愚かだった頃に切り離してしまった、我が力の一部。
生まれる前の命に宿ってしまった事は知っていたが、まさかそれがこんな所にいようとは」
魔女の喜びと反比例するように、ベルネルの顔には怒りが宿っていく。
そうか、こいつのせいか。
自分が家族に捨てられたのも、化け物と罵られたのも……。
……いや、そんなのはどうでもいいのだ。
だがどうしても許せない事が一つだけあった。
『私に残された寿命は、もうそれほど長くありません。
もって後半年……来年の誕生日を迎える事はないでしょう』
こんな呪われた力があったから、あの日彼女は自分なんかを助けに来てしまった。
そして己の身も顧みずにその力を引き受け、その命を縮めた。
後たったの半年で、この世界はエルリーゼを失ってしまう。
あれだけの事が出来る者など、もうこの先現れないだろうに。
彼女ほど誰かを救った者など、いなかったのに。
なのにあと半年であの人は死んでしまう。
笑わなくなる……動かなくなる。
それも全部……全部……。
「そうか……全部――お前のせいかああああああッ!!」
ベルネルが吠え、全身から黒い波動が溢れ出した。
怒りに呼応するように力が溢れ、その形相は鬼のように歪んで魔女すら怯ませた。
足止めという目的も忘れ、大剣を力任せに何度も叩き付ける。
防御されるが関係ない。
いや、怒りで視界が真っ赤に染まり、防御されている事すら認識出来ていない。
何度も何度も、防御の上から狂ったように剣を叩き付けて火花が散る。
「ぐっ……な、なんだ!? 突然……!」
あまりの気迫に魔女が怯みながらも、魔法を放った。
だがベルネルは止まらない。
魔法で脇腹を焼かれているのに、まるで痛みなど感じていないように剣を力任せに叩き付ける。
ガン、ガン、と轟音が響き、魔女は自分を庇うように手で頭を覆った。
「お前さえ! お前さえいなければあああああ!」
ベルネルは涙を零しながら、剣を捨てて魔女に馬乗りになった。
そして拳を硬く握り、魔女の顔面に力の限り叩き込んだ。
二発、三発、四発……打撃音が響くも、魔女のダメージは見た目ほど大きくない。
最初はベルネルの気迫に圧倒されていた魔女もやがて冷静さを取り戻し、魔力を解放してベルネルを吹き飛ばした。
「図に乗るな! 小僧!」
魔女が杖を薙ぎ、炎の弾丸が五発連続で発射された。
それをマリーの氷魔法が相殺し、水蒸気が互いの視界を塞ぐ。
だが見えなくても数撃てば当たる。
サプリが岩の弾丸を水蒸気の向こうへ飛ばし、マリーも同じく氷の弾丸を連射した。
そしてベルネルが煙の向こうに突進し、剣を薙ぎ払う。
「舐めるなよ小僧共……私は魔女だぞ!」
魔女が苛立ったように言い、空間が歪んだ。
今度は込められた魔力量が違う。
魔女の強みはその無敵性もあるが、常人離れした魔力許容量も脅威だ。
魔法の威力=込めた魔力の量である以上、
故に魔女が多くの魔力を込めて攻撃すれば、それを防ぐ手段はないのだ。
一撃でベルネル、マリー、サプリが吹き飛ばされ、壁に打ち付けられてしまった。
「ふん……多少はやるようだが、所詮は……」
「おっと油断してる馬鹿発見!」
余裕を見せる魔女に、横から飛んできたアルフレアの蹴りがめり込んだ。
魔女の無敵性も、初代聖女であるアルフレアにとっては無いに等しい。
アルフレアの蹴りで魔女が吹き飛び、そしてアルフレアは味方の方を向いてVサインを決めた。
「イエーイ!」
そして敵から目を離したアルフレアの側頭部に魔女の魔法が炸裂して今度はアルフレアが吹き飛んだ。
おっと油断してる馬鹿発見。
地面に痛烈に打ち付けられたアルフレアは涙目になりながら起き上がる。
「何だ貴様……何故私の防御を貫けた……?」
魔女はアルフレアを警戒したように睨み、杖を構える。
あまりにも無造作に自分の防御を抜いてきた存在に、僅かながら恐怖すら滲んでいた。
今度はそこにエテルナの放った魔法が飛来する。
これを片手で弾こうとするが、嫌な予感がして咄嗟に回避行動を取った。
直後に魔女の腕を僅かに削りながら魔法が通過し、魔女の顔が戦慄に染まる。
「ば、馬鹿な……こいつも私の防御を……!?
一体何がどうなって……」
魔女の防御を貫ける者が立て続ける現れるなど、今までになかった。
狼狽する魔女の前に、全ての魔物と石造を破壊したエテルナ達が集結し、魔女はここで自分が孤立させられた事を悟った。
だが思考の暇は与えない。
アルフレアがエルリーゼから与えられた杖を振り上げて魔力を一気に解放し、出し惜しみなしの全力で魔法を発動する。
空間が歪んで捻じれ、取り込んだ物を何もかも圧壊させる超重力空間を創造した。
「なっ……馬鹿な、それは……!
何故だ! エルリーゼはここにいない! なのに何故、聖女がいる!?」
怯えたような声を出す魔女の前で、今度はエテルナが同じように魔法を発動させた。
こちらも空間が歪み、閉じ込められた空間の中にエテルナが得意とする光の魔法が凝縮されていく。
「こ、こっちも……!?
う、嘘だ……あり得ない……。
何で……何で! 何で聖女が二人いるんだ!?」
一つの時代に聖女は一人。それが大原則のはずだ。
なのにその例外が起こっている。
しかも、エルリーゼはまだここにいないから、三人も聖女がいる事になるではないか。
「さあ行くわよエテルナちゃん! 私に合わせて!」
「はい、アルフレア様!」
アルフレアとエテルナが更に魔力を高め、そして完成した魔法を同時に魔女へと投げつけた。
「超必殺! 究極無敵最強ボール!」
「え、ええと……何か凄いボール!」
アルフレアがネーミングセンスの欠片もない技名を宣言し、それに引っ張られるようにエテルナも微妙な技名を叫んだ。
だが名前はふざけていても威力は確かだ。
一体何が起こっているのかも把握出来ない魔女はただ、咄嗟にバリアを全力で張るしかなく……。
――鼓膜を破るのではないかと思われるほどの大爆音が、地下で響き渡った。
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