第七十二話 フィオーリの亀(後半)

「実を言うとですね……『永遠の散花』って私の考えた物語じゃないんですよ。

向こうの世界……フィオーリで実際に起きた事を物語として書いただけなんです」

「お、おい……それはどういう……」

「私は向こうの世界で生きていたんです。そして死んで、こっちに生まれた。

輪廻転生っていうんでしたっけ?

何でかは知りませんが、前世の記憶まで持って来てしまって……。

だから私の知るエルリーゼは最初から今の聖女より聖女らしい偽聖女の方ですし、貴方達の語る醜悪なエルリーゼなど私は見た事がありませんし、書いた覚えもありません」


 夜元の口から語られたのは、何と彼女は向こうの世界からこっちに転生してきた転生者であるという事だった。

 確かに有り得ない身の上だ。

 新人は自分とエルリーゼという前例がある事を知っているのでまだ受け入れられるが、その事を教えていない伊集院の困惑は大きいようだ。


「そ、そんな事が……信じられるわけないだろう?

第一、仮に生まれ変わりなどというものがあるとして、脳は!?

記憶は脳に蓄積されるものだ。仮にそんなものがあっても、記憶までは引き継げない!」


 伊集院の言う事はもっともだろう。

 記憶を保存しているのは脳だ。

 生まれ変わりがあるという前提で話そうと、その脳まで持ち越しているわけではないのだから記憶は持っていけない。

 しかしそんな常識で測れる話ではないのだろうと新人は思った。

 人間の叡智では分からぬ世界がある……きっとそういう事なのだ。


「伊集院さん。俺達の話を信じて貰ったんだから、こっちも信じよう。

じゃないと話が進まない」

「ぬ、ぐ……しかしだな…………いや、分かった。そうだな、まずは話を進めないと」


 伊集院はまだ受け入れられないようだが、ともかくここは仮の話でいいので信じておかないと話が進まない。

 なので疑問を捨て、水を乱暴に飲んだ。


「では、君は……少なくとも君の認識では世界は何も変わっていないし、最初からゲームのシナリオも今のものだった。それをおかしいと思っているのは俺達二人だけ……そうなんだな?」

「はい。貴方達は見る事が出来る情報に制限がかかっていて、未来の事を見られないのはまだ未確定だから、と思っているようですが……私から見たらそうじゃないんです。

ゲームの結末もこの先に起こるイベントも私は全部把握しています。

向こうの世界の出来事は私から見たら既に確定した、終わった出来事なんです。

だってそれを物語として書いているわけですからね」


 伊集院に代わって新人が質問をするが、それに対する返答はまたしても前提をひっくり返すものだった。

 今まで新人は自分がゲームでこの先起こる出来事が分からないのは、未確定だからだと思っていた。

 エルリーゼが実際にやった事だけがゲームに反映される。

 だからまだ起こっていない事は分からない。そう思っていたしエルリーゼにもそう話した。

 だがそうではなかった。

 自分達だけが見る事が出来ないだけで、既に確定した未来を他の人々は見る事が出来る。

 少なくとも、エルリーゼの行動によってリアルタイムで世界が改変されている、などという事はなかった。


「では……何故俺達は先のイベントを見る事が出来ない?

いくら調べても、今現在エルリーゼがやっている以上の事は分からない。

エルリーゼにとって未知の未来になっている事は、俺達にとっても未知のままだ」

「いくら見ようとしても、そこで読み込みが止まる……でしたっけ?

多分……推測になるんですけど、それは世界の修正力ってやつじゃないでしょうか?

貴方達には信じられないかもしれませんが、世界には意思があります。

向こうの世界では、それによって魔女や聖女が生まれました。

恐らくはそれと同様、地球の意思が矛盾を嫌って貴方達の認識にフィルターをかけてしまったのでしょう。

だってエルリーゼとコンタクトの出来る貴方達が未来の情報を知ってしまえば……それをエルリーゼに教え、そしてその情報でエルリーゼの行動が変わってタイムパラドクスになる。

そうならないように、修正する力が働いている……とは考えられませんか?」


 夜元の話す推測に、新人は喉を鳴らした。

 世界が現在進行形で書き換えられているわけではなく、自分達だけが既に変わったこの世界を認識出来ていないだけ。

 なるほど、少なくとも世界全体が変わっているよりはよほど納得出来る。

 この世界は最初からこうだったし、『永遠の散花』のシナリオも変わってなどいない。最初からああだった。

 しかし自分だけが、エルリーゼとの繋がりによって違うシナリオを知っているというだけだ。

 伊集院までそうなってしまったのは……恐らく、新人が接触したせいで世界のフィルターが彼にまでかかってしまったのだろう。

 パソコンと同じだ。新人に未来の情報が渡らないように絶対に閲覧出来なくされた。

 それと同じく、新人が接触したから伊集院の認識と記憶までがすり替えられ、新人に情報が行かなくなってしまった。

 いわば伊集院はただ巻き込まれただけである。

 最近になって今のゲームのシナリオに全く違和感を抱かなくなり『元々こうだったんじゃないか』と思うようになったのは……向こうの物語が終わりかけていて、フィルターの必要性が薄れたからか。

 恐らく伊集院は近いうちに完全に今のシナリオの方を正しいものとして認識するようになり、前のシナリオの事は忘れ去る事だろう。


「だが、それならば君にも修正が働くぞ。俺が君から未来の事を聞いてエルリーゼに話す事も出来るはずだ」

「それは無理です。だって私は最初からネタバレなんてする気がありませんから。

逆に言えばネタバレしようと思った瞬間に私の認識も書き換わる事でしょう」


 あっけらかんとそう言い、夜元はコーヒーを飲んだ。

 どうやら、本当に自分とエルリーゼはゲームの結末をその時になるまで知る事は出来ないらしい。

 そう思い、新人は疲れたように溜息を吐いた。

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