第七十一話 変質(後半)
この先も何か書かれているのだろうが、スクロールしようにも読み込みが終わらずに見る事が出来ない。
最近かなり動作の軽いパソコンに買い替えたのだが、それでも結果は同じだった。
やはり、向こうでまだ起こっていない事はこちらで見る事が出来ないようだ。
これ以外には『アルフレア』や『プロフェータ』、『クランチバイト・ドッグマン』、『エリザベト・イブリス』などの他ルートには登場しないキャラクターの項目も増えている。
一応確認してみたが、女性キャラであっても全てが攻略対象ではないらしくアルフレアとエリザベトは非攻略キャラクターとハッキリ明記されていた。
続けて動画を見る。
画面の中ではベルネルが一世一代の告白をするも、エルリーゼが真実を告げる事で振られてしまった。
それを見て新人はあちゃー、と顔を手で覆った。
確かにこれならば相手に異性としての好意がないという事を伝える事なく断る事が出来るが……これは悪手だろう。
下手をするとベルネルの戦意を根本からへし折りかねない。
言葉を選んでなるべく直接的に振るのを避けようとしたのだろうが、これならばまだストレートに『恋愛に興味がありません』とでも言ってやった方がマシだった。
あるいは『今は返事が出来ません』と、まだ芽があるかのように言っておけばベルネルのやる気を萎えさせることはなかっただろうし、むしろ返事が聞きたい一心でやる気が上がっただろう。
なのにこの返答はどうした事だ。一番やってはいけない返事だろう。
さてはあいつ、相当テンパりやがったな? と分析する。
不動新人は自らの異常性を認識してからずっと……子供の頃から今日まで、誰かに好意を向けられた事がない。
当然だ。こんな不気味で、何かが外れている人間が好かれる方がおかしいし、新人自身も別に好かれたいとは思わなかった。
故に慣れていないのだ。純粋な好意をぶつけられるという事に。
実際に自分が異性から好意をぶつけられた事などないが……なるほど。俺はああいう風にテンパるのかと新人は複雑な思いを抱いた。
…………いや。あんな風にはならないか。
現実感の欠如。
主観性の欠落。
客観的に自分を見れると言えば聞こえはいいが、客観的にしか見る事が出来ない。
そんな自分が誰かに好意をぶつけられた所で心から動じるものか。
自分の操作するキャラクターが、NPCに告白されたようなもの……フィルターのかかった不動新人の目にはそうとしか認識出来ない。
無論自分がいるのが紛れもない現実である事など頭では理解している。だが感覚が理解してくれないのだ。
何をどうしても地に足がついてくれない。不動新人の魂はいつもフワフワと、現実と夢の境目を漂っていて降りてこない。
(あいつやっぱり……)
思い出すのは以前にエルリーゼがここに来た時に言った言葉だ。
『なんだかんだで、アイツらの事やあの世界の事も結構気に入ってるんだよ、俺は。
だからまあ……その為なら、どうせ近いうちに尽きる俺の命くらい捨てても惜しくはねえな』
エルリーゼはあの時、気付いていただろうか? 自分が今までした事もないような自然な笑顔を浮かべていた事を。
出した結論は同じで、命が惜しくないという答えも共通している。
だがそこに至る感情が違う。
少なくとも不動新人は誰かの為に心から笑った事など一度もない。これからもない。
誰かを思いやって、あんなに柔らかい笑顔を浮かべる事など絶対出来ない。
――変わりつつある。
エルリーゼ本人が自覚しないままに、地に足が近付いている。
まだゲーム感覚が抜けていなくて、現実ですら子供の頃からずっと付き合ってきたこの感覚が抜けるなんて本人も考えていなくて……。
だがあいつは確かに、自分とは違う何かになろうとしている。そう新人は考えた。
『ああああああああああああああああ』
『振られたあああああああああああ!』
『他のルートでも早死にするもんねL様……』
『知ってた(白目)』
『自分のルートでも運命からは逃れられないのか……』
『L様なんですぐ死んでしまうん?』
『あ、ここ強制なんだ。好感度足りないかと思って最初からやり直したわ』
『あれ、俺書き込んだっけ?』
『好 感 度 M A X で も 絶 対 振 る 女』
『少 年 よ 、 こ れ が 絶 望 だ』
『愛 な ど い ら ぬ !』
『とりあえず何か書いとけ』
『お前等の赤字で画面が見えない』
画面の中ではコメントが荒ぶっていて阿鼻叫喚だ。
ともかく、向こうはそろそろ決戦間近らしい。
本来のゲームと比べて戦力もかなり充実しており、魔女が哀れになるくらいの差だ。
そもそも新人の知る本来のゲームでは魔女よりも圧倒的に強い『聖女エルリーゼ』など控えていない。
エルリーゼはただの目障りで薄汚い敵で、物語にとってマイナスになる事はあっても決してプラスには働かない存在だった。
その中身が変わっただけでも既にベルネル達にとっては有利なのに、そのエルリーゼが物語開始前から張り切り過ぎたせいで魔女の勢力圏は失われ、外の魔物もほぼ全滅状態。
国や人々が富む事で兵士も健康的になって質も上がった。
流通が盛んになる事で装備の質も向上した。
常に腹を空かせている痩せた兵士と、しっかり栄養をとって筋肉を纏った兵士のどちらが強いかなど考えるまでもないだろう。
しかもゲームの兵士や騎士はエルリーゼへの忠誠心など無いどころかマイナスであり、その後に聖女になったエテルナに対しても前の偽聖女の所業が酷すぎたせいで聖女そのものに反感を持ってしまっていた。
ほぼ義務感のみで戦っていたようなものだ。
対し、変化した後の世界では兵士や騎士のエルリーゼへの忠誠心は最大まで高まっており、彼女の為ならば笑って死ぬような男達で溢れている。
あまりに士気に差がありすぎる。
人類はエルリーゼを旗頭に、この上なく団結している。
仮に魔女が外に出ても、何処に行こうとエルリーゼの味方しかいない。
完全な孤立状態だ。
これだけでも酷いのに、更に主人公チームに初代聖女まで加わってしまっている。
ハッキリ言って、アルフレア一人でも魔女は倒せるのだ。
魔女はこれから、大して強い取り巻きもいない状態で初代と現在の聖女二人を同時に相手にしなくてならない。
動画などを見ても『アレクシアが哀れになってきたwww』、『オーバーキルすぎる』、『アレクシア不幸すぎて草生える』、『聖女時代は歴代トップクラスの魔女と戦って、魔女になったら聖女×2と無敵の偽聖女が相手とか不憫にも程があるだろw』など、敵であるはずの魔女を哀れむようなコメントで溢れていた。
最早勝負は見えた。
こう言うと負けフラグのようだが、どれだけ負けフラグを積み重ねてもここからアレクシアが逆転する手段など思い浮かばない。
向こうはじきに終わる……ならば、こちらもやるべき事をやらなくてはならない、と新人は思った。
だからパソコンの電源を落とし、痛む身体を引きずってコートを羽織る。
すると丁度いいタイミングでインターホンが鳴り、新人は外へと出た。
「やあ、伊集院さん」
外に居たのは、少し前にこのアパートに引っ越してきた伊集院悠人だ。
彼は新人の顔色を見て心配そうに声をかける。
「大丈夫か? 前よりも具合が悪そうだが……無理をせず休んでいてもいいんだぞ。
フィオーリの亀の話は私が聞いて君に話す事も出来る」
「休んだところで悪化すれど、よくなる事はない。
俺に残された時間は僅かだ……せめて自分で動けるうちに、真実を自分で聞きたいんだ」
新人の顔は、伊集院の言うように前よりも酷くなっていた。
目の周りが窪み、頬は削げ、まるで肉のなくなった皮だけの骸骨だ。
頭髪も抜け落ち、帽子で隠している。
腕も、成人男性のものとは思えないほど細く頼りない。
それでも新人は不敵に笑う。
本心からの笑い方など知らない。それでも表情筋を動かして無理矢理笑う。
今までずっと、『生』というものを実感した事がなかった。
いつだってどこか他人事で、空の上から自分という『キャラクター』を見て操作しているような感覚があった。
だというのに何故か今……死を前にして、かつてないほどに『生』を実感していた。
「さあ行こうか……あの世界の真の創造者……シナリオ制作をしたという『フィオーリの亀』の所へ」
そう言う新人の手には、この数日で突き止めた『永遠の散花』のシナリオ製作者の住所が記されていた。
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