第六十八話 餌付け(前半)
アルフレアを加えた俺達は、一度学園へと帰還した。
ベルネル達には授業もあるし、元々日が暮れそうになったら帰る予定だったのだ。
アルフレアは学園に置いておくと変な事をしそうなので、とりあえず聖女の城に住ませる事にしておいた。
……というかこいつを学園に置くと、生徒達の夢を木っ端微塵にしかねないし、最悪学園名が変わる恐れまである。
この事を話すと当然ながら、アイズのおっさんとフォックス学園長は驚いていたが、何せ相手は初代聖女だ。受け入れないわけにいかないので快く(?)受けてくれた。
「えー、今の聖女ってこんないい所に住めるの? いいないいなー!
私の時なんてほぼ野宿ばっかりだったわよ。
それどころか、第二の魔女とか言われてあちこちから追い回されたりして、お母様を倒すまでずっと白い眼で見られてたんだから」
アルフレアも結構苦労していたらしい。
むしろそんな過酷な環境下にいたからこそ、こんなふてぶてしい性格になったのだろうか。
少なくともエテルナはここまで太く生きられないだろう。
「あ、そうだ。何か食べる物ない? 千年間何も食べてないから、久しぶりに食事とかしたいのよ。
白いパンとかチーズとか、後はお肉とかワインとかあるととっても嬉しいんだけどなー」
チラチラとこちらを見ながらアルフレアが食事を要求してくるが、恐らく今彼女が言った品々が彼女の考え得る最上の贅沢なのだろう。
この世界の千年前は食器すらほとんどなく、食べ物はほぼ手づかみで食べていたと学園の授業で聞いた事がある。
どんな事でも聞いておくものだ。
そしてパンには種類があり、小麦から作られる白いパンは王族や貴族のみが食べられる高級品だったという。ちなみに無発酵だったという説が有力だ。
まあ、ナンとかに近い感じだと思う。
白パンが高級品という点は今も同じだが、発酵もさせていて千年前よりは食べやすくなっているはずだ。
当然現代日本のパンとは比べるべくもないが。
「料理長、少し厨房をお借りします」
「は、はい!」
何かアルフレアが不憫に思えてきたので、折角だから俺の出来る限り美味いものでも喰わせてやろうと思い立ち、厨房へ向かった。
まず作るのはパンだ。
しかし普通のパンではなく、大豆を潰してその粉から作る大豆パンである。
大豆……そう、畑の肉。
正確には大豆ではなくて大豆そっくりの豆なのだが、色々調べたり試したりした結果ほとんど大豆だったので大豆と呼んでいる。
この世界での正式名称はソイヤー豆。
痩せた土地でもモリモリ育ち、ジャッポンでは食用として親しまれている。
ところがどういうわけか、こっちの大陸では食用ではなく家畜の餌としての運用が主であった。
どうも、人間の食べ物として認識されていなかったらしい。
それはあまりにアホだろうと思ったので俺は独自に城の裏で大豆を栽培して、大豆から作るパンなどを権力者達に喰わせて価値を教え、広めさせた。
まあ、パンっていうかケーキなんだけどな。
何でケーキかっていうと、現代風の柔らかいパンて作るのめっちゃ手間なんよ。
その点ケーキなら、まだ楽に出来る。
今から作るのもそれだ。
まずオーブンは軽く予熱で温め、待機。
この世界のオーブンは石窯なので、現代のように便利ではないが、こっちにも魔法という便利なものがあるので何とか微調整してやれる。
次に卵。卵黄と卵白にわけ、卵黄はすり潰した大豆粉、水と混ぜる。
少し甘めにしてやるかって事で砂糖の代わりにメープルシロップも混ぜてやる。
メープルシロップは甘い樹液を出す木を探して、土魔法の応用から出来る植物魔法で無理矢理搾り取った。
ただし量は少しだけだ。あんまり入れると完全にデザートになってしまう。
卵白はメレンゲにして、先程の大豆粉に少しずつ投入してまた混ぜる。
最後に自作の型に流し入れ、オーブンにIN。後は待つだけだ。
肉も欲しいと言っていたので、こっちも出してやるかな。
この世界の肉料理っていうのは、とにかく雑だ。
基本的にまず食べる事優先だから、味や食べやすさなんてものはあまり追求していない。
とにかく冬を越す為に保存する事を第一に考える。
だから干し肉や塩漬けなどが大半を占めているわけだ。
食べられない事はないが、それでも褒められた味じゃないっていうのがほとんどだ。
牛に至っては完全にチーズやバターを作る為の存在で食用としての価値を見出されていない。
その理由は……まあ切り方がクッソ雑なせいだ。
この世界にも一応血抜きという概念くらいはあるんだが、食用に育てられたわけでもない牛を雑に切って美味くなるわけもなく、牛の肉は硬くて臭くて不味いというのが共通認識である。
それでも牛が死ねば仕方なく食べるが、その時の調理法というのも匂いの強い薬草なんかと一緒に煮込んで臭さを誤魔化すとかそんな食べ方ばかりされる。
基本的に雑なんだよなー、この世界の人。
せっかくだし、アルフレアには美味いと思える肉でも喰わせてやろう。
まあ俺の味覚と合わない可能性もあるが、その時はその時だ。
まず肉の切り方だが、適当に切るんじゃなくて部位ごとにちゃんと切り分ける。
薄い膜のような筋や余分な脂を削ぎ落し、肉の線維にも逆らわないようにな。
次にフライパン(自作)にオリーブオイルを入れ、煙が出始めた所で肉を投入。
片面に塩をふりかけ、両面しっかり焼いてから三十秒ほど余熱で火を通す。
……本当は胡椒も欲しいがこの世界だと胡椒はクッソ高いのでそこは妥協しておく。
三十秒経てば弱火で再び焼き、また余熱で三十秒。
これを何度か繰り返し、最後にバターを投入して風味付け。
焼き終わった肉は繊維に対して直角にカット。これが家庭で出来る美味しいステーキの焼き方だとか、前に何かのテレビで見た。
更に付け合わせのジャガイモと人参も焼き、肉の横に添えてやった。
後、リクエストは酒だったか。
まあ、酒は普通に城にあるワインでいいだろ。
そもそも酒に関しては俺はノータッチだ。何もしていない。
だって俺、そもそも酒あんまり好きじゃないし……。
最後にケーキが焼き上がり、オーブンから出した。
本当は更にこの上にホイップクリームなどを乗せて完成なのだが、今回はやらない。
だってこれ、一応ケーキじゃなくて今回の主食って扱いにしてるし。
素直にパンを作ってもよかったんだが……さっきも言ったけどパンは、面倒くさいんだよな。
現代みたいに簡単に材料が揃うわけじゃないし、ホームベーカリーがあるわけじゃないし。
手ごねで生地をこねるのは滅茶苦茶手間だし。
だったら甘味を抑えたケーキでいいだろうと思ったわけで。
昔の人は言いました。パンを作るのが面倒ならケーキを作ればいいじゃない!
まあ基本的に俺って奴は面倒くさがりなんでね。
なので俺はこれをパンと言い張って、権力者達に喰わせてやった。
俺のせいでこの世界のパンとケーキの境目が消滅するかもしれないが、知った事か。
そうしてとりあえず一通り出来たので、騎士を呼んでアルフレアの前に料理を運ばせた。
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