第六十八話 餌付け(後半)
「何これ何これ!? 何かめっちゃいい匂いする! 美味しそう!
食べていいの!? いいよね! 駄目って言っても食べるから!」
アルフレアはメスの顔ならぬメシの顔になって、俺が作った料理に視線を釘付けにさせていた。
ただ、このまま放置すると素手で肉を掴みそうなので一応フォークの使い方だけ教えておく。
肉は既に俺が切り分けておいたので、フォークを刺して肉を口に入れるだけだ。このくらいならフォークが千年前になかったとしても出来るだろう。
するとアルフレアは分かったと言いながら料理ばかり見ていた。
何か、餌を前にした犬みたいだな。
このまま待てをし続けるのも面白そうだが、既に口から涎が出始めているので止めた方がいいかもしれない。
気のせいか、騎士の人達も夢を壊されたみたいな顔をしている。
「よし」
これ以上初代聖女の威厳が崩壊する前に食べさせた方がいいだろう。
そう判断して許可を出すと、アルフレアはまずパン(パンとは言ってない)を掴んで頬張り始めた。
「何これ! フワフワしてる! 甘い! 硬くない!
おいしい! おいしい!」
それなりに大きめに作ったはずのパン(のような何か)をあっという間に平らげ、今度は肉を素手で掴もうとしたのでピシャリと叩いてやった。
素手でいこうとするな、馬鹿。手がベタベタになる。
するとアルフレアはおずおずとフォークを使い、不慣れな動きで肉を刺す。
何か犬の躾けをしている気分になってきた。
犬はフォーク使わないけど。
「おいひい! 柔らかい! 噛むとじゅわっとする! 甘い! 何で!?」
どうやら肉の方も気に入ってくれたようでガツガツと凄い勢いで食べ始めた。
一応騎士とかが見ている前なのだが、全く気にしていない。
もうメッキを張るつもりすらないという事か。
一周回って逆に清々しいわ、この子。
一方この光景を見てしまった騎士はこの世の終わりのような顔をしている。
もちゃもちゃと食べ物を口に詰め込み、アルフレアはハムスターのような事になっていた。
うーん……気持ちいい食べっぷりだが、品の欠片もないな。
これが初代聖女なんだから、俺の聖女ロールは根本から間違えていたような気がしてくる。
だって初代聖女といえば聖女の中の聖女。聖女オブ聖女だ。それがこれなんだから、つまり真の聖女ロールとは気品ゼロで好き放題に振舞う事だった……?
……いやいや惑わされるな。
彼女がこうまで素を出せるのは、彼女が本物だからだ。
俺には同じ事は絶対に出来ない。
だから俺は、あくまで聖女ロールを続行すればいい。
「この料理を作った料理人は誰だー!?」
食べ終わったアルフレアは立ち上がり、叫んだ。
口の周りには肉汁がついていて汚い。
仕方ないのでハンカチを出して、口周りを拭いてやる。
マジで犬の世話してる気分になってきた。
「私ですけど」
「私のお嫁さんになって下さい!」
何を言ってるんだこいつは。
一応俺は中身男だし、自意識も男のままだから結婚するとしたら嫁じゃなくて婿の方である。
まあアルフレアも本気で言ってるわけではなさそうだし、軽く笑って流しておこうか。
社会人奥義。『困ったら答えずに笑って流す』……これは身に付けておくべき必須スキルだ。
その後食べるだけ食べたアルフレアは、ベッドに転がって手足を広げただらしない姿勢でグースカと眠り始めてしまった。
「私はまだ食べられる……もっと持ってこぉーい……」
酷い寝言だ……。
仕方ないので掛布団をかけてやり、それから学園に戻るべく部屋を後にする。
「それでは、私は学園に戻ります。
レックス、彼女の護衛とお世話をよろしくお願いします」
「はっ、お任せ下さい。
……ところでエルリーゼ様……その、無礼を承知をお聞きしたいのですが……あの方は本当に……」
「はい、本物のアルフレア様です」
さっきから死んだような顔をしていた騎士は、俺が幽閉された時にも見張りをしていた裏切りナイトAのレックス君だ。
彼の視線の先ではアルフレアが大の字になって寝ており、鼻提灯を膨らませていびきをかき、尻を掻いている。
まるでおっさんのような寝方であった。
レックスは諦め悪く、縋るように俺を見る。諦めろ。
「本物です」
「…………エルリーゼ様。私は貴女の騎士である事を誇りに思います」
レイラと同じリアクションをするな。
しかし困ったな……実は何人か俺の近衛騎士をアルフレアの近衛騎士に異動させようと思っているのだが、こう言われると心理的にやりにくい。
とはいえ一応聖女であるアルフレアに専用の護衛をつけないという選択肢はあり得ないので絶対に誰かしらはそっちに行ってもらわなきゃいかん。
というか極論、レイラ以外の全員でもいい。
レイラは目の保養に必要だが、そもそも俺に護衛なんかいらんのよ。
「そう言って頂けるのは嬉しいのですが、近いうちに何人かはアルフレア様の近衛騎士に異動になると思います。
彼女の護衛がいない、というのはあってはならない事ですので。
そして、それを任せる事が出来るのは私が近衛騎士として、その力を信頼している貴方達しかいません」
お前等の中の何人かは俺からアルフレア付きに変わるから、そこよろしく。
そう伝えると、レックスは目に見えて硬直した。
ついでに、近くで話を聞いていた別の騎士達も揃って硬直した。
そう嫌がるな。向こうは俺と違って本物の聖女だぞ。中身もクソじゃない。
むしろ異動する方が圧倒的にお得だ。
俺はそれを知っているので、見込みのある奴をアルフレア付きにするつもりでいる。
俺みたいな中身クソの偽物より、アルフレアの護衛をする方がきっと騎士達も幸せに決まっているからな。
とりあえずレックスは実力も見込みもあるので異動させといてやろう。
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