第六十五話 初代聖女と偽聖女(後半)
――正直、本当に何とかなるとは思っていなかった。
今代の聖女エルリーゼは、アルフレアから見ても明らかに異常だった。
歴代と比較して明らかに強すぎる。
言うならばそれは進化し続ける才能の怪物。
生まれ持った才能だけで過去の聖女とも渡り合えそうな少女が、今まで誰もやった事がないような方法で修練を積んで自己進化と自己改良を繰り返し、その果てに歴代聖女と魔女全員を纏めて単騎で相手取れそうな史上最強の聖女が完成した。
腕の一振りで大地を揺らし、息を吐くように海を操る。
天候すら自在に操り、雷を落として嵐を呼び、竜巻で住処ごと魔物を殲滅してみせる。
火山を噴火させ、光であらゆる敵を抹消する。
それでいて本人は無敵。あらゆる攻撃を跳ね返し、傷一つ付ける事すら許さない。
死んでさえいなければどんな怪我人も重病人も治癒魔法で癒し、自然を蘇らせ、痩せた大地を緑で覆った。
何だこれは、と思った。
今まで世界が闇に包まれすぎていた反動で、世界がとうとうトチ狂ってわけのわからない存在を生み出してしまったというのか。
その無双ぶりはまさに正義と光の化身だ。
歴代の魔女が千年かけて染め上げた世界が、たったの数年で光に侵略され尽くしている。
彼女ならば終わらせる事が出来るかもしれない、とアルフレアは希望を抱いた。
……いや、というよりこの代で終わらせないと次代で世界が滅亡してしまう。
このエルリーゼという少女が魔女になっては、誰も手に負えない。
だから何とかコンタクトを取りたかったのだが、エルリーゼはその圧倒的な力に反して聖女としての才能自体はむしろ歴代でも最弱だった。
一応聖女の力はあるのだが、他の聖女を10とするならば彼女は1にも満たない。
もっとも、魔力が強すぎるので結局はゴリ押しで歴代全員に勝ててしまうだろう。
何とバランスの悪い聖女なのだろうか。
アルフレアは何度も彼女に念話を送ったのだがまるで届かず、干渉しようにも全く届かない。
それどころか何故か、聖女ではないはずのエテルナという少女にばかり干渉が届く始末。
だが幸運はアルフレアの味方をした。
エルリーゼが、アルフレアの眠るフグテンまで来てくれたのだ。
これだけ近付けば流石にコンタクトも不可能ではない。
アルフレアは早速エルリーゼに声を飛ばして、とうとう自分のいる洞窟まで連れ出す事に成功した。
そうして精神世界でエルリーゼと対面し、アルフレアは少しばかり自信喪失した。
直接対面して分かったが、見た目からしてもう既にレベルが違う。
肌も髪も、彼女を構成する全てが完璧なバランスを保つ芸術品のようで、同性ではあるが実の所少し欲情した。
何故か変な光のせいで肝心な部分が見えないのがもどかしい。
だがそんな色ボケした思考は、彼女が話した衝撃的すぎる事実によって吹き飛ぶ事となった。
「私は聖女ではありません。偶然聖女と同じ村で生まれて取り違えられた、魔力が強いだけの別人です」
何と言う事だろうか。
歴代の誰も成し得なかった偉業を連発してきた最高の聖女は、事もあろうに聖女ですらなかった。
つまり偽聖女である。
しかし彼女が偽物だとすると、むしろ自分達本物の立場がない。
雁首揃えて、偽物が成し遂げた偉業のうちのどれか一つにも並べないとか、これもう本物の存在価値あるのだろうか?
そんなアイデンティティの崩壊から目を逸らす為に彼女を聖女認定して無理矢理誤魔化したが、呆れたような視線を向けられて精神的に大打撃を受けてしまった。
それにしても……とアルフレアは改めて目の前の少女をまじまじと見る。
普通ならば聖女と一般人を間違えるような事はないはずなのだが、それでも間違えてしまったのは、やはりエルリーゼがそれだけ『聖女』という存在を体現しているからだ。
人々の考える聖女というイメージをそのまま人の姿にしたような……むしろイメージに合わせてコーディネイトしたような、完璧な美がそこにある。
それは実際間違いではない。
エルリーゼは自分をそう見せる為に、この世界で自意識に目覚めてから今日まで十二年の歳月をかけて、魔法まで使って自らを
偽物は偽物故に、時に本物よりも本物らしくなる。
エルリーゼが全力を注いで作り上げた『聖女エルリーゼ』というハリボテは、初代聖女であるアルフレアの目すら欺くまでに至っていた……ただそれだけの話だ。
そんな裏事情などアルフレアは知らないが、彼女は思った。
私が間違えたのはエルリーゼの外見が全く一般人に見えないからだ。
仮に聖女を騙っていなくても、その辺ですれ違うだけで彼女を聖女であると確信してしまう。それほどに歴代の誰も並び立てないレベルで聖女として完成されている。これでは間違えるのも仕方ない。
だから私は悪くない。
そう考え、アルフレアは自らを自己正当化した。
その後、アルフレアと初代魔女の関係を話し……というよりは勝手に推察されたのだが、ともかくエルリーゼに理解させる事が出来た。
彼女は聖女ではなかったが、ある意味ではこの展開はアルフレアにとっても望ましいものであった。
何故ならアルフレアがここにエルリーゼを呼んだ理由の一つが、彼女を魔女にしない事だったのだが、そもそも聖女でないならば魔女になる事はない。
故にこの心配は杞憂に終わった。
そしてもう一つ……この連鎖を断ち切るという希望をエルリーゼに託したかった。
その為の方法をアルフレアは知っていたのだ。
「アルフレア様。私をここに呼んだ理由を聞かせていただけませんか?」
『ん? んふー、知りたい? 知りたい? どうしても?』
話そうと思ってた事を先にほとんど言われてしまったので、少し意地悪をしてみる。
するとエルリーゼは精神世界からスッと消えた。
水晶から手を放したのだろう。
そのまま現実の方のエルリーゼはトコトコと帰ろうとし始めたので、これにはアルフレアも慌てた。
『待って待ってー! 話すから待ってえー!』
すると再び精神世界にエルリーゼが戻り、アルフレアはほっとした。
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