第六十話 覚醒(前半)

 ゲームにおいて、エテルナが聖女に覚醒するタイミングは多少差があるものの、大まかなイベントは共通している。

 エテルナが聖女の力に初めて目覚めるのはエテルナルートでのファラ戦だが、本格的に覚醒するのは第三期の学園襲撃戦だ。

 大魔『鬼猿』に率いられた多くの魔物が押し寄せてきて、どんどん生徒や教師に犠牲が出る中で遂にエテルナが覚醒するというこのイベントだが、こっちの世界では俺が先回りして潰したので発生しない。

 しかしどうやら、別の理由で聖女に覚醒してしまったらしい。

 加えて初覚醒で力に呑まれているのか、どうも意識がぶっ飛んでいるようにも見える。

 ゲームでも初覚醒時はこうだ。

 聖女の力に呑まれて、聖女としての使命とかそういうのに突き動かされる形でオート行動をする。

 まあその暴走はすぐにベルネルを始めとする仲間達の呼びかけで終わるのだが……聖女である彼女は近くの魔物や、使命を阻む者を問答無用で排除しようとする。

 普通は暴走時であっても人間を攻撃したりはしないはずだが……。


「嫌だ……ベルネルを……取らないで……。

もう……死なせないで……嫌……嫌だ……。

やっつけなきゃ……魔物は全部、やっつけなきゃ……」


 ボソボソと、虚ろな目で何かを呟いている。

 しかも内容的に、俺の事が魔物に見えているらしい。

 こりゃ、攻撃されそうだな。

 何で魔物に見えてるかだが……その理由は、あれかな。エテルナの近くに落ちている花。

 俺の物まね芸人のモブ子が頭に付けていたルチーフェロがエテルナの足元に落ちている。

 アレの花粉は幻覚を見せたり、現実感を失わせたりするやばい代物だ。

 副作用はないが、麻薬みたいなものと思っていい。

 多分レイラがモブ子をボコボコにした際に取れて、エテルナの顔の近くに落ちたのだろう。

 聖女にそんなものが効くのかと思われるかもしれないが……状況が悪かった。

 先程までルチーフェロを付けていたモブ子はタコの闇パワーをバリバリ身に纏っていたわけで……多分その力が少しだけルチーフェロに入っちまってたんだろう。

 加えてエテルナ自身は気絶していた。

 そのせいで本来ならば聖女に効くはずのないルチーフェロの幻覚が効いてしまったのだろう。


 その事をレイラに説明し、エテルナが杖から発射してきた魔法を手で弾いた。

 覚醒したての聖女の攻撃なんぞ効くか。

 もとい……実はあの杖を通す限り、エテルナの攻撃魔法は相手に致命傷を与える事は出来ない。

 あの杖に付けてある宝石には実は俺の魔法が込められていて、微弱な回復魔法も一緒に発射されるようになっている。

 分かりやすく言うとあの杖で敵に致命傷を与えても直後に相手のHPが1に回復するという具合だ。

 なのでエテルナはあの杖を使う限り、絶対に誰も倒せない。


 何でこんな意地悪をしたかというと、勿論エテルナにアレクシアを倒させない為だ。

 エテルナは対魔女に有効な戦力だが、何かの間違いでエテルナがアレクシアを倒してしまうと全部台無しだ。

 かといってベスト8に残ったエテルナを不参加にするのは不自然だし、それをやっても多分エテルナはベルネルを心配して勝手に潜り込む。

 なら、まだ勝手な事をされないようにメンバーに入れておいた方がいい。

 それに実際、エテルナをメンバーに入れることでベルネル達の死亡率も下がる。

 なので俺はエテルナを参加させつつエテルナが魔女を倒せないように小細工を仕込む事にした。

 それがあの杖だ。あれを使う限りエテルナが誰かを仕留める事はない。

 ただし……タコが消し飛んだ事から分かるように、『杖を通さない』攻撃なら普通に相手を仕留める事が出来る。


「エルリーゼ様……エテルナ嬢のあの力は一体……。

あれはひょっとして聖女の力なのでは……?」


 ああうん、流石に分かるよねそりゃ。

 さてどうしたものか。

 別に俺が偽物ってバレるのはいいんだ。最終的にもカミングアウトして聖女の座をエテルナに返す気なのでむしろ予定調和ですらある。

 だがまだ、魔女を倒してねえ。

 俺がバレて追放されるのはいいんだ。だが今はタイミングが悪い。

 これから魔女を追いつめようって時に俺が退場してしまうと、結局はゲーム通りの展開になる。

 というわけでエテルナには悪いが、もうしばらくは嘘を塗り固めておこう。


「あれが彼女の持つ……かつて彼女が自身を魔女と誤解してしまった力なのでしょう。

ベルネル君が魔女と似たような力を持つのと同じように、彼女のそれは聖女に近い力だったようです」

「そのような事が有り得るのですか……? 聖女でもない者が聖女の力を持つなど、前例がありません」

「どんな出来事でも最初の一回目は『前例がない』出来事です。

最初に魔女が現れた時や、初代聖女アルフレア様が現れた時だってその当時は『前例がない』出来事だったでしょう。

……聖女と魔女を取り巻く世界のシステムが、今代で何か異常をきたしたのかもしれません」


 レイラの質問に出鱈目を並べ立てる。

 こんなにもスラスラと適当な事が言える自分の才能が怖い。

 案外俺の天職は詐欺師なのかもしれないな。

 もしもし母ちゃん。オレオレ、オレだって。そうオレオレ。

 ちょっと交通事故で"不運ハードラック"と"ダンス"っちまって、賠償やら何やらで金が明日までに必要だからお金用意してちょ。

 ……え? 今電話に出てるの母ちゃんじゃなくて女装癖のある父ちゃん……?

 ってな感じで。


「ともかく……まずは落ち着かせるのが先決ですね」


 俺はバリアをレイラとモブ子の周りに残したまま、バリアの外に出た。

 するとエテルナが無表情で掌を翳し、魔法を撃ち込んでくる。

 銀色の光球がスパークを伴って直進してくるが、俺はそれを手で掴んで握り潰した。

 なんなんだあ……? 今のはあ……?

 聖女のパワーをいくら高めようと、この俺を超える事は出来ぬう!


「……来ないで」


 更に連射。今度はビームが同時に七発発射された。

 聖女の力で白銀に輝く閃光が曲がり、上下左右から一斉に俺目掛けて殺到する。

 この形状を例えるならば……そう、泡立て機だ。

 俺を生クリームにしようと襲い掛かって来る。

 しかし無駄無駄ァ。俺を中心に光魔法を拡散させ、全てかき消した。

 いかに真の聖女といえど、所詮は覚醒したてのヒヨッコよ。

 理不尽な魔物苛めでレベルを上げに上げまくった俺にとっては、ヌルゲー。

 その差はさながら、新装備を得た新人プレイヤーを前に、レベルカンストで何度も転生を繰り返した廃人がやって来てマウントを取るが如し!


「嫌……嫌あああ!」


 エテルナが半狂乱になり、杖を捨てて掌を上に掲げた。ちょ……捨てるなし。

 そして巨大な光の球を生み出し、魔力をありったけ込めていく。

 おー……ありゃ少しやばいな。

 戦いのイロハも分かってない覚醒したてだからこそ出来る、後の事を一切考慮していないMP全部つぎ込んでのぶっぱだ。

 エテルナの残りMPは、レベル不足も考慮して大体1000前後といったところだろう。

 それを全部込めて、加えて聖女の力も上乗せされているので破壊力は相当なものとなる。

 ……まあ、この校舎をふっ飛ばして直撃コースにいる生徒を皆殺しにするくらいは余裕だろう。

 俺なら防ぐのは容易いが、このまま突っ立ってたら俺は平気でも校舎にいる生徒に巻き添えが出るな。


「エルリーゼ様! いけません!」


 レイラが何か言っているが無視して空へ上がった。

 これなら俺だけに飛んでくるから、被害は出ないだろう。

 エテルナも俺に照準を合わせてこちらに光球を向ける。

 よし、いい子だ。いつでも撃ってこい。


「やめろ、エテルナ!」


 しかしそこに、屋上のドアを開けてベルネルが飛び込んできた。

 おいおい、これまた酷いタイミングで来たな。

 しかしどうやらベルネルの登場はエテルナに効果があったのか、ビクリと肩を震わせた。


「ベ、ベル……ネル……?」

「やめるんだエテルナ。お前はそんなものを人に向けて撃てるような奴じゃない。

頼む! 正気に戻ってくれ!」


 ベルネルの登場でエテルナの目に理性の輝きが戻り、力が弱まっていく。

 ふむ、どうやらこれで一件落着のようだな。

 後はベルネルがくっさい台詞でエテルナを慰めて好感度を上げ、ここから軌道修正で大逆転エテルナルートに入ればハッピーエンド……。

 …………いや待て、やばい。今正気に戻すのはやばい!


「エテルナ……いつものお前に戻ってくれ」

「駄目ですベルネル君! 今、彼女を戻してはいけない・・・・・・・・!」


 馬鹿野郎ベルネル! あんなでかい光球を上に浮かべてる状態で正気に戻すな!

 エテルナがあれを制御出来ているのは、聖女に覚醒したてで無意識のうちに力の使い方を学んでいるからだ。

 加えて今、エテルナは幻覚により夢見心地になっている。

 だがそれを正気に戻して現実に引っ張ってみろ。

 パニクって、魔法が暴走する!


「ベルネル……? 私、何を……。

……え? あれ? えっ? ま、待って、何これ。何これ!?

ちょ、ちょっと、これ何!? 何なの!? 何でこんなのを私が持ってるの!?」


 すっかり正気に戻ってしまったらしいエテルナがわたわたと、自分が出している光球を見て混乱し始めた。

 言わんこっちゃない。

 制御を失った光球はそのまま、重力に引かれるようにエテルナへと落下していく。やべえ。

 俺も慌てて急降下するが、こっちに撃たれる事を想定して被害が出ないように高度を上げ過ぎていた。

 全速力で飛ばすが、間に合うか……? いや、間に合え。このままじゃバッドエンドだ。

 しかし光球はエテルナに降り注ぎ……いや、まだ着弾していない。

 間に割り込んだベルネルが闇のパワーで防いでいる。

 よし、よくやったベルネル! この土壇場で覚醒とは流石主人公だ。

 ぶっちゃけこうなったのお前のせいなんだけど、その覚醒に免じて大目に見てやる。

 俺はすかさず光球の下に潜り込み、ベルネルの横に立った。


「押し返します。ベルネル君、合わせて下さい」

「はい!」


 本当は俺一人でも余裕なんだけど、せっかく覚醒してくれたのでここはベルネルにも手伝わせる事にした。

 ここで力の使い方を学んでくれという俺の親切心だ。

 俺の魔力とベルネルの闇パワーが同時に放たれ、白と黒の螺旋になって光球を吹き飛ばす。

 そのまま空の彼方へ運び……無事、大爆発した。

 よし、何とか被害なく処理出来た。


 いや、危なかった。

 しかし終わってみればエテルナとベルネルのダブル覚醒に加えてタコも処理出来たのでプラスと言える。

 上出来上出来。

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