第五十九話 汚物(後半)

「もういい、声を聞いているだけでも不快だ。今すぐに切り捨ててやる」


 あ、やばい。

 これレイラマジでプッツンしてる。

 このままレイラがモブ子を殺してしまうと、どんな理由であれ法の裁きにかけず独断で貴族を殺したという事で問題になる。

 それはレイラが侯爵令嬢であっても変わらない。

 なので俺はレイラの背中を軽く叩き、落ち着かせた。

 スットコ、ステイ。

 落ち着け、どうどうどう。


「レイラ、落ち着いて下さい」

「止めないで下さいエルリーゼ様。これ・・はここで処分すべきです」


 とうとう『これ』呼ばわりになった。

 こんなにレイラがブチ切れたのは初めてかもしれない。

 ゲームだとピザリーゼに対してこれくらい切れるが、この世界では初めて見た。

 どう落ち着かせたものか……。


 とりあえず、ここで本当に斬ってしまうとレイラの立場も少しやばくなる。

 なので止めるのは確定事項として……レイラに投げられた際に出来たと思われる怪我も治しておいた方がいいよな。

 一応あの子、伯爵令嬢らしいし。

 つーわけで治療魔法をかけようとしたのだが、何やらエテルナのいる場所が光り出した。

 あれ? 俺そっちに回復魔法使ってないけど?

 ていうかやべえ。エテルナを中心に魔力が高まっている。

 このままだと屋上にいる奴、魔力でガード出来る俺以外全員吹っ飛ぶぞ。

 なのでシールド一発。エテルナから発射された魔力を防ぎ、何が起こっているのかを観察する。


「…………」


 光の中でエテルナがゆっくりと起き上がり、こちらを見る。

 全身を白い魔力の粒子が飾り、風もないのに髪が波打っている。

 魔力の余波だけでタコは消し飛んでしまい、跡形も残っていない。

 ああ……タコ焼きにするつもりだったのに……。

 何はともあれ、これは間違いないな。

 ぶっちゃけ何でいきなりこんな事になったのか皆目サッパリ検討がつかないが、俺の六百分の一くらいに匹敵するこの魔力は並みの人間に出すのは不可能だ。


 うん、これ、聖女に覚醒してるわ。

 何でいきなり覚醒したん? 意味わからんわー……。

 ……とりあえず、俺が偽聖女って事が判明するのもそう遠くない未来だと思うし、言い訳を考えておこうか。



 助けを求める者の誰もが、救われた事を感謝するとは限らない。

 自分が危ない時は必死で助けを求めても、危機が去ればそれを容易く忘れる……そんな人間もこの世には存在するのだ。

 レイラは目の前の汚物エリザベトを見下しながら、心底そう考えていた。


 エルリーゼはエリザベトの、助けを求める声が聞こえたと言った。

 きっとそれは事実なのだろう。

 かつてアイズ国王が助けを必要とした時も彼女は、当たり前のように彼を救いに来た。

 歴代の聖女にそんな力はなかったはずだが、何せ彼女は歴代最高の聖女だ。何が出来ても不思議ではない。

 だが救われた者の全てがアイズ国王のように、それを恩に感じて心を入れ替えるとは限らない。

 心底から腐り果てた心では、感謝するという概念そのものがないのだろう。

 それでもエルリーゼはきっと変わらないし、手を差し伸べる。

 誰かを助けようとする彼女の心に打算はなくて、何度踏みにじられようと、それでも笑顔で手を伸ばす。

 裏切られない……と思っているわけではないのだろう。

 裏切られ、踏みにじられても構わない……きっとエルリーゼはそう考えている。

 その在り方はどこまでも尊くて、穢れが無くて……だからこそ、一層この汚物の事が許せなかった。

 こんな輩がエルリーゼを踏みにじるなど、あってはならない。

 だから今回ばかりはエルリーゼの意思に反してでも斬ってしまうべきだと考えて剣を振り上げる。

 だがレイラの背をエルリーゼが軽く叩いて嗜める。


「レイラ、落ち着いて下さい」

「止めないで下さいエルリーゼ様。これ・・はここで処分すべきです」


 レイラの怒りに、エルリーゼは静かに首を振った。

 そこには、自分が侮辱された事への怒りなど一切感じられない。

 彼女はどんな者であろうと愛し、守ろうとする。

 だから今回も同じように、迷いなくエリザベトに回復魔法をかけようと掌を向けた。


(ああ……本当にこの方はどこまでも……)


 レイラは未だ憤る心を何とか抑えて剣を納めた。

 実力という点では、エルリーゼに守りは必要ない。

 彼女は自分一人で自分のみならず、全てを守れる。

 だが、自分を守ろうとしない。

 だからこそ、何があっても守ろうと改めて心に誓う。

 一度は裏切ってしまった自分を、エルリーゼは許し、武器まで与えてくれた。

 その恩に報いる為にも、せめてこうした悪意から彼女を守る盾であろうと思う。


 だが剣を納めるにはまだ早すぎたらしい。

 大魔は氷漬けになり、愚者も大人しくなった。

 後は人質にされた生徒達を保護してそれで終わり……そう思っていた。

 だがその保護すべき人物の一人であるエテルナから突然光が放たれ、エルリーゼが咄嗟にシールドで防ぐ。

 エルリーゼが守った一部分以外の屋上の全てを光が蹂躙し、凍ったままだった大魔を一撃で抹消する。

 屋上の床が抉れ、その威力にレイラは戦慄した。


 有り得なかった。

 大魔を一撃で抹消する威力の魔法など、生徒が使えるはずがない。

 レイラだってそんなのは不可能だ。

 そんな人知を超えた真似が出来るとすれば、それは聖女以外にあり得ない。

 だがそれはエルリーゼのはずだ。

 事実、エルリーゼはこれまでに聖女しか出来ないような偉業を……いや、歴代の聖女全員が集まったとしても到底出来ないだろう偉業を成し遂げてきた。

 しかし光の中でゆっくりと立ち上がるエテルナもまた神々しく輝いており、その姿は聖女を連想せずにはいられない。


 聖女が同じ時代に二人現れた事は過去に一度としてない。

 だが、その例外がレイラの目の前で起こっていた。

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