第四十七話 製作者との対話(後半)

 ベルネルと無事に和解(?)をしてしばらく経った日の事。

 冬季休暇を目前に控えた夜に、俺は気付いたら前の世界のアパートに戻ってきていた。

 俺の存在に気付いたのか、不動新人あっちの俺が布団からのそりと起き上がる。


「おう、来たか」

『ええ。また来ました』


 しかし我ながら酷い面をしている。

 何と言うか、もうゾンビだなこれは。

 肌は何か土みたいな色になっているし、頬も削げ落ちて目元も窪んでいる。

 目の下にはクマも出来ていて、おまけにガリガリで骸骨のようだ。

 これもう長くなさそうだな。

 新人おれはおもむろにスマホを手にすると、何かを打ち込み始めた。


「エルリーゼ、これからここに一人来る。

俺とお前の関係は話すと面倒だし、オカマキモイとか思われるの嫌だから隠しておくぞ。

つーわけで、余計な事は口走るなよ」

『ええ……部外者入れていいんですか?』

「部外者じゃない。『永遠の散花』の開発リーダーだ」


 どうやら新人おれの奴はいつの間にか、ゲーム開発者と接触していたらしい。

 俺の癖に随分アグレッシブに動くな。

 ゲーム開発者っていうと……やっぱ、こっちと向こうの繋がりを探る為だろうか。

 実際普通に考えりゃゲームの世界に転生なんておかしな話だ。

 『永遠の散花』は所詮、豊富なパターンの立ち絵と一枚絵、背景イラスト。それとサウンドとプログラムで組まれただけのデータに過ぎない。後は戦闘シーンのエフェクトやら何やら色々だな。

 ともかく、それで世界なんて出来るわけがないんだ。

 ならば俺が生きているあの世界は何なのか?

 ゲームに似た世界なのか。

 それとも、あっちが先でゲームがあの世界を真似ているのか。

 ……俺の行動でゲーム内容まで変わってるのを見ると、どうも後者のような気がするんだよな。


「お、来たようだ」


 ドアの向こうから、誰かが走るような足音が響いてきた。

 新人おれはそれを聞いてドアの方に近付き、ドアスコープで外を一度見てからドアを開ける。

 すると、黒髪眼鏡の三十代……いや四十代? くらいの男が入ってきた。

 ほーほー、あれがゲームの開発者か。

 彼は俺の方を見ると、硬直して目を丸くする。


「……信じられない。本当にいた……」

『えーと……どうも、エルリーゼです』


 とりあえず軽く挨拶をしておく。

 ゲームの開発者っていうと、つまり今の俺から見れば神様みたいなものだ。

 もしかしたら彼の気分一つで世界ごと消せるかもしれないので、あまり不興を買うべきではないだろう。

 なのでまずは、友好的に接しておくとしよう。


「あ、ああ……よろしく。伊集院悠人だ。

一応、『永遠の散花』の開発リーダーをやっている」


 ふむふむ、伊集院さんね。

 OK、覚えた。


『それで、今回は何を話すんですか?』

「決まってるだろう。そっちの世界と、こっちにあるゲームの繋がりだ。

そっちでお前が行動すると、こっちでは最初からそうだった事になる……この謎をどうにかしたい」


 俺の問いに新人おれは当たり前の事を聞くなとでも言わんばかりの顔で答えた。


『その謎を、そちらの伊集院さんが知っているという事ですか?』

「い、いや……私にも分からないんだ。

私以外の開発チームは、内容が変化している事にすら気付いていない。

皆、最初からそうだったと認識している」


 俺は、伊集院さんが何か知っているのではないかと期待したが、その返答は何とも頼りないものだった。

 どうやら彼も、この奇妙な変化については何も分かっていないらしい。

 あの世界の神とも言える人が何も分からないんじゃ、正直お手上げなのではないだろうか。


「ああ。だがやはりこの謎を解く鍵は『永遠の散花』にあると思う。

だから今更かもしれないが、『永遠の散花』というゲームは何なのか、一から洗い直してみたい。

そこにきっと、何かしらの手がかりがあるはずだ」


 新人おれの言葉に伊集院さんが頷き、俺も流れで頷いておく。

 伊集院さんがいれば制作の裏話的なものも聞けるかもしれないし、何かの手がかりが隠れている可能性はゼロではないだろう。

 伊集院さんは新人おれに促され、説明を開始した。


「『永遠の散花』……正式名称『永遠の散花~Fiore caduto eterna~』。

発売されたのは今から四年前で、売り上げは現時点で42万本。

制作会社はアッティモゲーム制作プロジェクト。

六人からなる開発チームによって開発された、我が社のナンバーワンヒット商品だ。

続編や人気キャラクターのマリーを主役にしたスピンオフも開発中だが、こちらは現在行き詰っている」

『何故行き詰っているんですか?』

「シナリオ担当の筆が遅いからだ。全く……いつまで経ってもシナリオを送って来ない。

これだからプロ意識の低いネット作家は……」


 『永遠の散花』はいつか続編が出ると言われ続けながら数年経ち、未だに何も出ていない。

 その理由はどうもシナリオを担当している人物にあったらしい。

 まあシナリオがなきゃどうしようもないわな。

 しかし……ネット作家?


「シナリオ担当はどういう人物なんですか?」

「実は私もよく知らないんだ。直接会った事はないからな……覆面作家というやつだ。

一応ネット上で会話しているが、顔は知らない」

『直接会わないんですか? 製作者同士なのに』

「元々『永遠の散花』というゲームの元は、大手小説サイトとのタイアップで開いたコンテストに応募された小説だったんだ。

そのコンテストは書籍化が保証される大賞や金賞の他にゲーム化確定のゲーム部門賞もあってな……そのゲーム部門賞を取ったのが『永遠の散花』だった。

その作家……ハンドルネーム『フィオーリの亀』は直接顔を会わせる事は一切なしのネット上のみでのやりとりを条件にしていてな……まあ、今の世の中ではそう珍しい事でもない。

何度か食事会にも誘ったのだが、答えはいつもNOだ。

だからシナリオ担当だけは我が社の社員ではない」


 伊集院さんの話を聞き、俺はなるほどと思った。

 つまりはネット上でチャンスを手にして成り上がった素人作家なわけか。


「ある意味では、彼……あるいは彼女こそ真の創造主と言える。

私達は所詮、彼の送ってくる文章に絵と音楽を付けているに過ぎない。

キャラクターの外見などを描いているのは別のイラストレーターだが、外見の特徴を細かく決めているのは奴の方だ」

「なら、そいつに話を聞こう。何処に住んでいて、何という名前なんだ?

流石に本名くらいは知っているだろう?」

「ああ。完成したゲームのサンプルを送る時などに住所と本名は知らなければいけないからな。

そこは問題ない。ちゃんと知っているよ。

彼の本名は……本名は…………」


 伊集院さんはそこまで言い、そして額を押さえた。

 しばらくうんうんと唸っていたが、やがて顔をあげると困ったように言った。


「……すまん、忘れた」


 ……おいおい。大丈夫かこの人。

 まあ社員でもない相手の本名など一々覚える必要もないのだろうが(ネット上でやり取りする際も恐らくハンドルネームの方を呼んでいるのだろう)、そこはしっかりしてほしい。

 早くも不安になってきたぞこれ。

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