第四十八話 手がかりを求めて(前半)

「落ち着け、伊集院さん。

会社に行けば資料くらいあるだろう」


 シナリオ担当の名前を忘れてしまっていた伊集院さんに、落ち着くように新人おれが声をかけた。

 うっかり名前を忘れてしまっていたとしても、これまで資料のやり取りをしたり完成したゲームのサンプルを向こうの住所にまで届けていたのは事実のはずだ。

 そしてシナリオ担当という重要な役割に就いている相手の名前と住所が、まさか記憶頼りなんて事はないだろう。必ずどこかにそれを記した控えがあるはずだ。

 親しい相手ならばともかく、そうでもない仕事で付き合いがあるというだけの、それも顔も合わせた事のない他人の名前と住所など丸暗記している方が珍しい。

 その事を新人おれが指摘すると、伊集院さんはなるほど、と顔を上げた。


「確かにその通りだ。

確かに会社の方に、フィオーリの亀の本名と住所を控えた資料がある。

パソコンの中にもメモ帳がある。大丈夫だ、それを見れば分かる」


 人間とは忘れる生き物である。

 どんなに記憶したつもりでも、普段から使う物以外は記憶の中の引き出しにしまわれてしまい、引き出せなくなるものだ。

 だからメモを取っておく事は本当に重要である。

 いや、よかったよかった。

 これでシナリオ担当とは会う事が出来そうだな。

 といっても、それは伊集院さんが会社から資料を持って来てからの話だし、俺はたまにしかこっちにいないから、新人おれと伊集院さんの二人に任せる事になりそうだが。

 それより、少し気になる事がある。


『ところで、フィオーリという名前なのですが……それって私達が暮らすあっちの世界の名前ですよね?』


 そう、それはシナリオ担当の名前だ。

 フィオーリとは、『永遠の散花』の舞台になっている世界の名前そのものである。

 どうにも俺はそこに嫌な予感を覚えずにはいられないのだ。

 まさかな、とは思う。

 だが本来あったはずの記憶を上書きするなんて真似、それこそ神でもなけりゃ出来ない事だ。

 本来あったはずの『永遠の散花』のシナリオや、皆から嫌われるクソ聖女エルリーゼの事を誰も覚えておらず、エルリーゼといえば誰もが俺の方を思い浮かべてしまうというこの状況……考えれば考える程に、道理では説明出来ない。


「それ自体は別にそこまでおかしな事ではない。

ハンドルネームに自作小説の主人公の名を付ける作者だって大勢いるんだ」

「確かにそうかもしれないが……今回に限っては、そうとも言い切れないだろう?」


 伊集院さんがハンドルネームがおかしいのはそれほど珍しくないと言い、それに反発するように新人おれが異なる意見を発した。

 それにしても、さっきまで互いに他人行儀で丁寧に話していたのに、いつの間にか砕けた口調になっている。

 まあ、どうでもいいが。


「伊集院さん。確か『永遠の散花』の設定では、聖女が生まれるのは魔女の誕生を世界が感知して、それで新たな聖女を生み出しているんだったな」

「ああ。正確には世界が感知し、その意思を受けたマナが聖女を作り出す。

つまりは、魔女も聖女も世界の作ったシステムだ」


 新人おれと伊集院さんが話しているのは、物語の根幹に関わる設定だ。

 魔女を生み出しているのも聖女を生み出しているのも、同じく世界の意思のようなものだ。

 これは攻略本に書かれた製作者インタビューで語られた裏設定的なもので、作中では明かされないのだが……魔女も聖女も世界が作っていると言っていい。

 ただし、何故世界がそんなものを作るのかは分からない。

 その謎は続編で明かされると言われているが、その続編は四年待っても未だに出ていないからだ。


「どうして世界がそんなものを作るのか……あんたなら知ってるんじゃないか?」

「……一応設定は聞かされている。

魔女とは元々、増長しつつあった人類を諫める為に世界が用意した世界の代理人だったという。

人類を永遠に統治し、行き過ぎた破壊をさせない為の抑制装置だったのだ。

しかしその魔女が何らかの理由で暴走して人類を滅ぼそうとし、そればかりか自然まで破壊し始めた事で世界は魔女を見限って次の代理人を用意した。それが名前だけしか登場しない初代聖女アルフレアだ。

しかし魔女を倒してもその怨念と力が聖女に宿って次の魔女になってしまった。

アレクシアが力と魂の一部を切り離してベルネルに与えてるだろ? あれを力と魂の全部でやっていると思えばいい。

そうして代行者を失った世界はまた別の代行者を用意し……後はその繰り返しだ……と説明された」


 へえ、そんな設定だったのか。

 つまり悪いのは一番最初の魔女って事になるな。

 そいつがトチ狂わなけばこんな事にはならなかった、と。

 はー、迷惑なやっちゃなー。


「もう一ついいか? 聖女の誕生は預言者によって預言されるというのはこのゲームのプレイヤーなら誰でも知っている事だが……そもそも預言者って何だ? そいつ等は何で聖女の誕生を予知出来る?

これ、作中で驚くほどスルーされてるよな」


 次に新人おれが気にしたのは、聖女の誕生を予知するという予言者だ。

 まあ確かにこいつ等は大概意味わからんな。

 ゲーム中では聖女の誕生は預言者によって予知され、国のお偉いさんたちが引き取りに行くと説明されるが、そもそもそんな事を予知出来るそいつは何なんだよって話だ。

 しかし重要っぽいこの予言者という輩はゲーム中だと面白いほどにスルーされる。登場すらしない。

 伏線とかですらなく、本当に一切触れられないのだ。


「それは……分からん。聞いてもはぐらかされた。

まあ、ただの舞台装置で多分何も考えてないのだろうと思っていたんだが……」


 伊集院さんが腕を組んで、悔やむように顔をしかめた。

 きっと、無理にでも聞いておけばよかったと思っているのだろう。

 彼は俺の方を向き、遠慮がちに声を出す。


「ええと……エルリーゼ……さん、でいいでしょうか?

貴女の方では何か、知りませんか? そっちの世界にいるなら、我々が知らない事も知っていてもおかしくないと思ったのですが……」

『いえ、私の方でも特には……ただ、そういう役職の者もいるとだけしか伝えられていません。

ただ、アイズ国王ならば何か知っていると思います。

向こうに戻ったら、聞いてみる事にしましょう』


 アイズのおっさんはこの前の一件以降は俺に協力的な姿勢なので、聞けば何かしらの情報を得られるだろう。

 やはり持つべきは偉い人とのコネだ。

 まあ実際アイズのおっさんなら確実に預言者との面識があるだろう。

 何せ四代に渡って聖女を見てきた人物だ。

 偽物である俺を除外しても三人見ている。これで知らないって事はないはずだ。


「次にやるべき事は決まったな。

俺と伊集院さんはシナリオ製作者のフィオーリを探す。

エルリーゼは向こうで預言者を探す。

きっとどこかに、この世界と向こうを繋ぐヒントがあるはずだ」


 新人おれの言葉に、伊集院さんと俺は頷く。

 向こうの世界で本来あるべきシナリオを変えると、どういうわけかこっちのゲームの内容まで変わり、更に俺達以外の全員の認識までが変わる。

 これが一体どういう理屈で成り立っているのか皆目見当がつかないし、そもそも人の理解出来る理屈なんてものはないのかもしれない。

 それでも、何かしらの答えは得られるはずだ。


「ところで一つ……いいか?」


 話が纏まりかけたところで、新人おれが俺の方を向いた。

 何だろうか。まだ気になる事があるような顔だが。

 彼はパソコンを立ち上げると、無言でクリックして動画サイトを開いた。

 画面の中では『エルリーゼ』が国王に幽閉されたり、それをベルネル達が助けに向かったりしている。

 それが終わった後は王都襲撃なのだが……ゲームだとどうやら戦闘メンバーに『エルリーゼ』は入らずにベルネル達だけでカラスと戦う事になるらしい。

 実際と違うが……まあゲームだからね。

 で、戦闘が終了したらイベントで『エルリーゼ』が敵を蹴散らし、最後の抵抗としてカラスが突撃をした。

 するとベルネルが『エルリーゼ』を庇って致命傷を負い……。


 ……『エルリーゼ』が、ベルネルに人工呼吸をした。口で。

 いやうん、そりゃ人工呼吸は口でするものだけどさ……。

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