第三十七話 騎士達の迷い(後半)

「お前等……どうして!?」

「決まってるでしょ、聖女様にあの時の恩を返しに来たのよ。

色々考えたんだけどね……どっちが正しいとかは今は気にしない事にしたわ。

ただ、今はあの時の恩を返す! 後の事は後で考えるわ!」

「私も……今は、友達の力になる事だけ、考える……」


 アイナとマリーの出した答えは、一度後の事を思考から捨てて『今』正しいと思う道を選ぶ事であった。

 恩人が閉じ込められているから、救う。

 友達がそれを救おうとしているから力を貸す。

 そんな青く若い、向こう見ずな……ともすれば思考停止とも取れるかもしれない選択だ。

 だが先を考えて過ぎては足が止まる。為すべき時に何も出来なくなる。

 だからまずは『一歩』、自らが正しいと思う方に二人は足を進めた。


「行きなさい!」


 アイナが炎を操り、ベルネル達の前に炎のトンネルを作り出す。

 その中に素早くベルネルとエテルナが飛び込み、そして走った。

 トンネルは二人が通り終えると同時に炎の壁となり、兵士達の行く手を阻む。

 アイナとマリーに後押しされて走るが、階段前にさしかかった所で二人は足を止めた。

 今までの兵士とは明らかにレベルの違う存在がそこに立っていたからだ。


「勇気ある青年達よ……今退くならば、見なかった事にするが」


 そう言いながら、階段前に立つ男は剣を抜いた。

 その油断ならない佇まいから、ベルネルはその男が騎士である事を見抜いた。

 いや、騎士の中でもかなり腕が立つ方だ……そう、あのレイラのように。


「近衛騎士か」


 騎士の中でも、聖女の側に在る事を許された精鋭中の精鋭。

 まだ学生……それも一学年であるベルネルにとっては雲の上の存在だ。

 それでも退く事は出来ない。

 ここで退いてしまえば、自分が目指す騎士になど絶対なれないから。

 互いに得物を抜き、そして衝突する寸前――ベルネルを追い越して矢が飛来し、弧を描いて騎士に降り注いだ。

 それを騎士は造作もなく切り払い、ベルネルの後ろにいる人物へ視線を向ける。

 立っていたのは、ベルネルの学友であるジョンとフィオラの二人だった。

 ジョンとフィオラはベルネルの横に歩み出て、それぞれの武器を構える。


「ジョン、フィオラ……お前達まで」

「先に行けベルネル。ここは俺達が引き受けた」


 戸惑うベルネルに、先に行くように促してジョンは目の前の騎士と相対する。

 彼の中では、聖女を助けに行くのはベルネルで、そしてその為の道を切り開くのが自分達だと既に決定しているようだ。

 不思議そうにする友に、ジョンは自嘲するように笑いながら話す。


「俺は迷っちまった。

国を敵に回す事にビビっちまって、足踏みをした。

全く自分で自分が情けねえ。あの人は……エルリーゼ様はいつだって、誰かの為に自ら危険な場所に飛び込んでいたのにな」


 ジョンが思い出すのは、かつて自分が救われた時の事だ。

 あの時のエルリーゼは魔物の大群を相手に、皆を守る為に戦いを挑んだ。

 相手が強いからとか、大きいからとか……数が多いからとか……そんな事を考えずに、全力で人々を守っていた。

 そうして守られた一人がジョンだ。

 だというのに、まさに恩返しをするべき時になってジョンは国を相手に腰が引けてしまった。

 それがジョンには心底、情けなかった。


「私もね……助けるのが正しいのかどうかなんて、下らない事で迷ってしまったわ。

このまま閉じ込められていた方が世界にとっても、あの人にとっても得なんじゃないかって。

おかしな話よね……あの人はそんな事を考えずに私を救ってくれたというのに、そのエルリーゼ様の危機を前に私は正しいかどうかで迷って、足を止めたのよ」


 かつてフィオラが救われた時にエルリーゼは言った。

 手が届く範囲の者は助けたい。

 そこに後の事だとか、得だとか損だとか、下らない思考は一切なかっただろう。

 あの時誓ったはずではないか。

 ウジウジするのは止めると。救ってもらったこの命を彼女の為に使おうと。

 だというのにベルネルのようにすぐに動けなかった。

 だからこそ、思う。この先に行くべきは最初に迷いなく動いたベルネルであるべきだと。

 故にフィオラとジョンは叫ぶ。

 ――行け、と。


 ジョンが走り、騎士と正面から剣をぶつける。

 そこにフィオラの矢が飛来し、咄嗟に切り払うも直後にジョンの蹴りが騎士を吹き飛ばした。

 そうする事で空いた階段への道にベルネルが迷わず飛び込み、少し遅れてエテルナも走る。

 その背を見ながらジョンは笑い、そして騎士と切り結んだ。


「君の顔は知っているぞ。確かジョン……だったな?

兵士でありながら、その立場を捨てて騎士学園に入った……と記憶している」

「へえ、近衛騎士のレックス様が俺みたいな末端の兵士を覚えていてくれたとは光栄だね」

「覚えているさ。少なくとも、いつか私達と肩を並べるだろう男の事くらいはな」


 二人は互いに剣を弾くようにして距離を開け、再び剣をぶつけ合わせる。

 火花が散り、両者の視線が交差した。


「いつか君は、私達と同じ場所まで来ると確信していた。

それだけに残念だ……こんな事になってしまうとはな」

「そうかい。俺にとっては今のアンタの方が残念だがな。

アンタ、自分が何で戦っているかすら分からず戦ってんだろ? そんな顔をしてるぜ」

「……ふ。図星を突かれると痛いものだな」


 ジョンと騎士――レックスの剣が幾度もぶつかり、正面からの力比べが続く。

 それは戦いというよりもまるでコミュニケーションだ。

 剣を通して二人の男が互いの信じるものを確かめ合っている……フィオラには、不思議とそう見えた。



 階段の下で切り結ぶ音を聞きながらベルネルとエテルナは上を目指して駆け上がる。

 エルリーゼの私室があるのは城の一番上……五階だ。

 だが二階にして早くも、ある意味今は一番会いたくない人物と遭遇してしまった。

 男の平均身長が165のこの世界では長身に数えられる167cm。

 艶のある黒髪をポニーテールにし、凛として佇むその姿には隙が見当たらない。

 近衛騎士の証である白銀の鎧に身を包み、手に持つのは筆頭騎士に与えられるという宝剣だ。

 女性の身でありながら前の筆頭騎士であるフォックスに勝利し、弱冠二十歳にして騎士の頂点に立つ、聖女の一番近くに在る事を許された、騎士の到達点。

 だが普段は揺るぎない意思を感じさせる瞳はどこか弱弱しく、飼い主に叱られる事を恐れている子犬のようにも見えた。


「レイラさん……」


 ベルネルは哀れな裏切りの女騎士の名を静かに、呟いた。

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