第三十七話 騎士達の迷い(前半)
エルリーゼが城に軟禁されて一週間が経過した。
見張りとしてドアの前に立ちながら、近衛騎士の一人でもあるレックスは考える。
俺達は本当に正しいのか……この一週間、毎日考えていた。
彼だけではない。
今回の件に加担してしまった全ての騎士が毎日、自己弁護と自己嫌悪を繰り返して日々を過ごしている。
これが正しいと思って、アイズ国王主導の今回の計画に賛同した。
魔女を倒した聖女は死ぬ……その理由は彼等に伝えられていないが、それでも過去の歴史から見て、その事実は変えようとないものであるという認識はあった。
だから協力した……聖女を裏切った。
たとえ裏切り者の汚名を被ろうとも、彼女が死なない未来へ繋げることが出来るならば、と自らを誤魔化した。
だが思うのだ。自分達は裏切り者の汚名を被って彼女を守っているのではなく……聖女を守っている事を免罪符にして、ただ自分の為だけに閉じ込めただけではないのか、と。
死んでほしくない、生きていて欲しい、たとえ裏切り者と呼ばれようと……そんな耳に聞こえのいい綺麗ごとを並べ立て、自分を誤魔化しているに過ぎないのではないか。
レックスはずっとそう思い続けていた。
エルリーゼは、監禁されてから一度もレックス達を責めなかった。
だがそれが逆にレックス達には辛かった。
罵ってくれてよかったのに。裏切り者と罵倒される覚悟は出来ていたのに。
だが
ただ、憂うような表情で窓の外を見るエルリーゼの姿こそがレックス達近衛騎士の良心を抉った。
部屋の中で時折、何かに祈りを捧げている事を知っている。
きっとあれは、無辜の民の為に祈っているのだろう。
自らが救いに行くことが出来ないが故に、祈るしか出来ない。
閉じ込められて動けなくとも、それでも彼女の心は民の事を考えている。
そんな少女だからこそ、レックスには己の行動がとんでもなく罪深いもののように思えてしまう。
「レックス。今日は、魔女や魔物に苦しめられる人々はいませんでしたか?」
「……はい。魔女は依然として、姿を晦ましたままです……魔物も、兵士や自警団で十分手に負える範囲のようで、被害報告は上がっておりません」
「そう。それはよかった」
ドアの向こうからかけられるエルリーゼのその問いは、どこまでも民を想ってのものだ。
彼女はいつだって、自分よりも力なき民の事を思っている。
まさに彼女は、どこまでも聖女だった。
それに引き換え自分は何だとレックスは泣きたくなった。
主である聖女を裏切り、勝手な平穏を押し付けて閉じ込め……これの一体どこが、騎士だというのか……。
「伝令! この城に侵入者です!」
悩むレックスのもとへ、伝令兵が階段を駆け上がって走ってきた。
一体何事かと思ったが、どうやら侵入者らしい。
たとえ裏切ろうと、聖女を守るという気持ちまでは捨てていない。
レックスと、もう一人ドアの前で見張りをしていた同僚の近衛騎士は同時に険しい顔つきとなった。
「入り込んで来たのは、魔法騎士育成機関の生徒の模様!
聖女様をここから出すのが目的と推測されます。
なかなかに腕が立つようで、現在苦戦中!」
「承知した。私が出よう」
伝令兵に返事をしながら、レックスは考える。
どうやら侵入者は魔物などではなく、エルリーゼをこの城から救い出しに来た学園の生徒のようだ。
何とも青い事だと思う。青い……が、大した度胸と行動力だ。
少なくとも自分などより、よほど騎士らしい。
そう思い、レックスは自らに失望するように溜息を吐いた。
◇
ベルネルとエテルナの侵入はすぐにバレる事となった。
元々こういった施設への潜入の仕方など知らないし、第一知っていてもこれだけ厳重に警備されていては手練れの暗殺者であろうと気付かれずに入り込むのは困難だろう。
現在聖女の城には、エルリーゼの動向を監視する為にビルベリ王国の国王一家が滞在している。
十人の近衛騎士に加えて多くの騎士と兵士が常に神経を尖らせているのは、外からの敵から聖女や国王を守る為というより、聖女をここから逃がさぬようにする為だ。
そんな場所に、いかに生徒の中では腕が立つといえど所詮学生に過ぎないベルネルとエテルナが近付いて気付かれないはずがない。
二人は兵士達に追われて城の中を走り回っていた。
「あー、もう! 馬鹿! この無計画!」
エテルナの罵声が響くが、それも尤もだろう。
あれだけ意気込んで城に来たからには何か考えがあると思ったら、まさかの無計画であった。
城に近付いたベルネルは何と、見張りの兵士をエルリーゼから譲り受けた大剣で薙ぎ払って気絶させ、堂々と正面から押し入ったのだ。
まさに脳筋。自主トレばかりしているから、脳味噌まで筋肉になってしまったのかもしれない。
エテルナは割と本気でそう思い始めていた。
そんな行き当たりばったりで上手くいくはずもなく、二人はあっという間に兵士達に挟まれてしまう。
「やべっ……!」
ベルネルは何とか兵士の合間を抜けられないかと隙を探す。
今回の目的はあくまでエルリーゼを救う事だ。
兵士と戦う事ではないし、ましてや殺すなど論外だ。
しかし相手も騎士には及ばないが訓練された兵士だ。雑魚ではない。
そう簡単に抜ける事は出来ないだろう。
だがそこに、氷と炎の魔法が飛来して兵士達を吹き飛ばす。
高熱と低温の急激な温度変化によって兵士達の武装が砕け散り、全員の視線がそちらへ向いた。
「ここは私達が引き受けるわ! さっさと行きなさい!」
「ごめん……遅くなった……」
そこにいたのはアイナとマリーのデコボココンビだ。
国を相手に戦う事に躊躇を見せていた二人の登場にベルネルが驚きを見せる。
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