第二十四話 不穏分子(後半)

 闘技大会が終わって一回り大きく成長したベルネルだったが、慢心する事なく日々己を鍛え続けていた。

 あの闘技大会で得たものは大きい。

 強力な魔物との実戦経験に、エルリーゼから授けられた剣。

 魔女を必ず倒すという決意。

 そして新たな仲間。

 あの大会で優勝を争った相手であるマリーは、今ではベルネルの友人であり、ライバルだ。

 共に切磋琢磨し、腕を磨き合っている。

 技量の近いライバルがいて、そんな相手といつでも模擬戦をする事が出来る。

 それはベルネルを今まで以上に成長させてくれた。

 以前エルリーゼに言われた言葉を思い出す……人は、一人の力では限界がある。

 その意味がようやく、分かってきた気がした。

 他にもエテルナがいて、ジョンがいて、フィオラがいて……生徒ではないがサプリ先生も頼もしい仲間だ。

 それぞれが長所を持ち、短所を持っている。そしてぞれぞれが補い合える。

 一人一人の力は聖女には遠く及ばない。だがこの六人で力を合わせれば、誰にも負けはしないとすら思えた。


 そんな充実した日々を過ごしていたある日。

 その日も授業が終わった後に、校舎の外の運動場でジョンやマリーと模擬戦をしていたベルネルだったが、マリーが何やら遠くの生徒を眺めている事に気が付いた。

 マリーは表情があまり変わらないので感情が読めないが、基本的には優しい子だ。

 その彼女がどこか、寂しそうな顔をしていたのが気になってしまった。


「どうしたマリー。何か気になるものでもあるのか?」

「……ん。あの子の事……少し」


 そう言ってマリーが視線で示したのは、離れた場所で剣の素振りを繰り返していた赤毛の少女であった。

 あの子は確か、準決勝でマリーと戦って敗れた子だったはずだ、とベルネルは思い出す。


「アイナ、だったっけ? あの子がどうかしたのか?」

「……私、嫌われてる。会うといつも、睨まれる」


 話を聞き、なるほどと思う。

 そういえば試合の時もマリーの差し出した手を払い除けていた。

 正直なところ、あまりいい態度ではない。

 あまりアイナの事は知らないが、プライドが高そうだという事だけは何となく分かる。

 きっとあれからずっと、マリーに敵愾心を燃やしているのだろう。


「そりゃマリーのせいじゃねえよ。

負けて悔しい気持ちは分かるけど、マリーを恨むのは筋違いってもんだ」

「そうね。あまり気にしない方がいいわよ」


 ジョンとフィオラがマリーを慰めるように言う。

 マリーは別にあの試合で何か卑怯な事をしたわけではない。

 正々堂々戦い、そして実力で勝利した。

 アイナが負けたのは単純にマリーよりも彼女が弱かったからだ。


「でも気にしないって言っても、会う度に敵意いっぱいに睨まれたらあまりいい気分じゃないわよね」

「確かにそうだな」


 エテルナの言葉にベルネルも同意した。

 いくらマリーに落ち度がなくて気にしないようにしても、一方的にそんな態度を取られ続けていい気分のする人間はそういないだろう。

 しかしだからといって、注意しても恐らく逆効果だ。

 あの手のプライドの高い人種は正論を言えばいいというわけではない。

 むしろ変に正論で言い負かすと、余計に腹を立てるかもしれない。


「あれ? ねえ、あれって学園長先生よね?」


 フィオラが何かに気付いたように声を出す。

 その視線の先では、アイナの前に何故かこの学園の学園長が現れて何かを話していた。

 やがて二人は連れ立ってその場を去ってしまい、ベルネル達は首をかしげる。


「何だろう? 成績に関する事かな」

「でも、学園長自身が声をかける事か?」


 エテルナが不思議そうに言い、ジョンも疑問を口にする。

 とはいえ、いちいち詮索するような事ではない。

 教師が生徒に声をかける……それは学園内ならば当たり前の事だ。

 そうして疑問を捨てようとしていた彼等の耳に、別の人物の声が聞こえた。


「妙だな。わざわざ学園長が一人の生徒に自分から会いに来るなど」


 全員が振り返ると、そこにいたのは何故か地面をスコップで彫っているサプリであった。

 妙だなと言いつつ、更に妙な事をしている教師に全員が疑問を顔に浮かべずにはいられなかった。

 だがそんな視線を気にせずにサプリは掘り出した……というよりは崩さぬように切り出した地面を魔法で固定化させて持参した袋に投入している。


「それも、闘技大会の優勝者であるベルネルや準優勝者であるマリーではなく、何故アイナ・フォックスなのだ……?

確かに見込みがないわけではないが順番がおかしいだろう。

直接的な知り合いでもなければ親族でもない。意味が分からん」

「あの……先生はそこで何を?」

「私か? ああ、ここに我が聖女が通った足跡があったのでね。

他の無粋な者がその価値も解さずに踏み荒らす前に保護・回収しに来たのだよ」

「…………」


 ――変態だ。全員が一瞬でそう確信した。

 もしかしてこの教師は聖女にとって最も危険な男なのではないだろうか。

 騎士を志すならば、魔女よりも先にまずこいつを今ここで斬ってしまうべきなのではないだろうか?

 そんな思いを全員が共有するが、サプリは自分の行動に何の疑問も抱いてないように話す。


「どうにも最近の学園長はおかしい。違和感のある行動を繰り返している」


 お前が言うな。

 全員がそう思った。


「例えば夜間の警備を何故か外し、自分でやり始めた。

学園長室の掃除を断り、これまでは一つしかなかった鍵を突然五つに増やした。

窓も頑丈なものに代え、格子を付け、誰にも中を見せん。

まるで見られては困るものを所持しているようではないか」


 お前が言うな。

 全員がそう思った。

 たった今回収しているそれは見られて困るものではないのだろうか……。


「そんなにおかしな行動とは思えませんが……。

俺だって、自分の部屋はあまり他人に見られたくないですし……」

「確かにそうかもしれん。一つ一つの行動は違和感を感じるなれど、気に掛けるほどのものではない。

『まあそういう事をする時もあるだろう』と納得してしまえるような些細なものだ。

普段は石など蹴らぬ者が唐突に石を蹴っていても、『そういう気分の時もある』と言われてしまえば言い返す事は出来ん。

だが毎日石を蹴り続ければそれは確かな変化であり、変化する何かがあったという事だ。

私はどうにも、ここ最近の学園長にそうした変化を感じずにはいられんのだ。

上手く説明は出来んし、今説明したように『そういう事もある』と言われればそれまでだ。

しかし私には、学園長に何か変化があったように思えてならん」


 言いながらサプリは袋を硬く結び、大切そうに懐へ入れた。

 少なくともこの男の行動は『そういう気分の時もある』では済まされない。


「どれ……折角だし、少し尾行してみようか。

学園長の面白い姿が見られるかもしれん」


 サプリはそれだけ言うと、まるで迷いなく動き始めた。

 どうやら本当に尾行をする気のようだ。

 学園長より先にこいつをどうにかしたほうがいいのではないだろうか……そう全員が思ったのも無理のない事だろう。

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