第二十三話 夢か現実か(後半)

 その後は夏季休暇に入り、個別イベントだ。

 動画を見ていると、夕方の時間で学園内に『エルリーゼ』の顔アイコンが表示され、プレイしているUP主が操作する矢印が学園へ向かって行き、タッチした。

 するとイベントが始まって、学園でコソコソしている『エルリーゼ』をベルネルが発見する。

 ああ……あの時の……。

 …………あれ、個別イベントだったのか。

 展開は俺の時と全く同じだ。二人してレイラに見付かってお説教を受けて、そんで最後に『エルリーゼ』のベルネルへの呼び方が変わる。


『それじゃあ、また明日……ベルネル君っ♪』


 …………。

 …………。

 あっるええええええ!? 俺こんな言い方してたっけえ!?

 いやしてねーよ。誰だよこいつ!?

 もっとこう、違うニュアンスで言ったダルルォ!?

 俺の中では会社の同僚が呼ぶような感じで、イメージ的には「やあ、ノリ〇ケ君」みたいな男同士の気さくな呼び方のつもりだったんだよ。


『ここ何度もリピートして聞いてるわ』

『もう20回繰り返し聞いてるけど全然中毒じゃない』

『ここ最高にお茶目で可愛い』

『初めての友達にウッキウキのエルリーゼ様可愛い』

『かわいい』

『尊い……』

『エル様すごい嬉しそう』

『ここデフォルトネーム以外だとどうなるの?』

『例の動画では“ほも君”って言われてたぞ』

『ただデフォルトネーム以外だとボイスが付かない』


 おおう……コメ欄を見て俺は思わず手で顔を覆った。

 そういうこと……俺の外見と声でやると、そうなっちゃうのね。

 ……うわあ、大惨事。

 穴があったら入りたい。いや、ブチ込みたい。

 でも今の俺にはモノはないんだよなあ……。


 その次のイベントは闘技大会だ。

 マリー戦も苦戦しつつ何とか優勝し、雑魚助が乱入してきた。

 それと戦闘に入る直前に『エルリーゼ』がベルネルに剣を造って寄越すので、メニュー画面で装備する。

 その性能は……あれ? 適当に造った玩具だったんだけど、こんなに強かったんだ。

 画面に表示されている武器名は『聖女の大剣』となっており、装備した際の攻撃力上昇値が終盤の最強武器レベルだ。加えて大剣だと本来はダウンする命中値とスピードがほとんど下がっていない。


『TUEEEEEE!』

『この時点で入手していい武器の性能じゃない……』

『これバランス大丈夫か?』

『エル様ルートは一周目限定だから、その分の救済措置だと思われる』

『これ、主人公の武器が大剣以外だとどうなるの?』

『ちゃんとその時装備してる武器と同じ種類のものをくれる。俺の時はめっちゃ強い双剣だった』

『俺はロングソードをもらった』

『俺はトンファーもらった』

『何ももらえなかったんだけど……』

『お前さては素手でプレイしてたろwww素手だと何も貰えないぞw』

『マジか……』

『ネタで大根装備してたら、大根ソードとかいう変な武器くれた。超強かった』

『サンマ装備してたらサンマ貰ったわ』

『エル様造れる武器の幅広すぎだろw』


 ベルネルの武器が大剣以外でも『エルリーゼ』はちゃんと対応した武器をくれるらしい。

 まあそりゃ、試合用の武器で戦わせるわけにはいかんからな。

 造るのもそんな手間じゃないし、余程変なものじゃなきゃ、造るさ。

 素手は……まあ、ベルネルの戦闘スタイルが素手だったら、確かに俺も何も造らなかったかも……。

 戦闘後は負け犬が死ぬのだが、何か悲し気なBGMが流れて、『エルリーゼ』が負け犬の顔を抱きしめてやっている一枚絵が表示された。

 ほうほう綺麗なもんやなー。

 ……あれ、端から見るとこう見えてたのか。

 そんな事を思っていると、思わぬところから感想が出て来た。


「どうせこん時、本当は『まだ起きてたのかこいつ。はいはいおやすみ』とか、そんな感じの事思ってたんだろ?

表面だけ見ると変にヒロインっぽいから笑いが止まらんわ」


 そう言ったのは……俺だった・・・・

 不動新人男の俺がまるで、俺に語りかけるように声を発したのだ。

 新人おれは俺の方を向き、ニヤニヤと笑う。きっしょ。

 いやしかし、これはどういう事だ? 何で新人おれが俺と別に動いてるんだよ?

 まあ、所詮夢なんてこんなもんなのか?


「あー……その口調なんだが、普段やってるみてえに敬語口調に出来ねえ?

正直その外見で俺みたいな話し方してんの、めっちゃ違和感あるわ」


 は? 何言ってんだこいつ。

 向こうにいる時なら聖女ロールもするが、今は必要ないだろ。

 だって今の俺はエルリーゼじゃないんだから。


「ああなるほど。気付いてないのか。

ちょっと待ってろ……っと、鏡どこだったっけな」


 そう言い、新人おれは部屋を探し始めた。

 馬鹿め、鏡は机の引き出しの中だ。


「お、そうだったそうだった。ほれ、これが今のお前だ」


 そう言って新人おれは俺に鏡を向ける。

 果たしてそこに映っていたのは――半透明の、幽霊みたいになっているエルリーゼ・・・・・だった。

 なん……だと……。


『なっ、何ィィーーーー!?

お、俺は! 夢の中で元に戻っていると思っていたら!

エルリーゼのままだったァー!?』


 驚きの余り叫んだ。

 そして気付く。自分の口から出ている声が、普段と全く同じ女の声である事に。

 驚く俺に、新人おれは勝ち誇ったように笑う。


「マジで気付いてなかったんだなお前。超ウケる。

ちなみに前回と前々回と、その前もお前は俺に戻っていたわけじゃなくて、俺に取り憑いて動かしていただけで、ずっとその外見だったぞ」

『ま、マジで……?』

「マジマジ。一体いつから――自分が不動新人だと錯覚していた……?」

『うるせえ。お前がその台詞言っても全然恰好よくねえんだよ』


 何か今回の夢は随分おかしいな。まさか新人おれに馬鹿にされるとは思っていなかった。


『だが待て……そうなるとだ。じゃあ俺は何なんだ?

もしかして、お前の記憶を持ってるだけのエルリーゼ本人ってパターンかこれ?』

「いや、それだとこうしてこっちの世界と繋がって、意識のみ……だと思うんだが、行き来している理由が分からない。

俺とお前の間には確かな繋がりがある。記憶だけじゃない。

俺が思うに…………」


 そこまで新人おれが話したところで、視界が急速にぼやけ始めた。

 あ、やべ。これ夢から覚めて起きる前兆だ。

 新人おれもそれに気付いたのか、慌てたように話す。


「いいか、聞け! お前はこれを夢だと思っているかもしれないが、これは夢であって・・・・・夢じゃない・・・・・

こちらの記憶を持ち帰れるのがお前の強みだ! 夢だなどと思わず、ちゃんと覚えておけ!

いいな? 魔女はお前が近付けば逃げる! そんでお前が死ぬまで隠れる! だからまだ地下には向かうな!

奴はまだ半信半疑……自分の居場所が正確には割れていないと思っているから学園に残っている!

だがお前が一歩でも踏み込めば、その瞬間に奴は迷わず逃げるぞ!

そしてどこにいるか分からなくなる! そうなった世界ルートを俺は見た!

だからまずは――――」


 新人おれが何か言っていたが、残念ながらその先は聞こえなかった。

 くそ、何だよ。気になるじゃないか!

 しかし無情にも夢は醒め、そしていつもの豪華なベッドの上で目を覚ましてしまった。

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