第十話 入学、魔法学園(後半)

 レイラ・スコットは名門貴族スコット侯爵家の長女である。

 女であるが故に家を継ぐ事は出来なかったが、代わりに彼女には使命が与えられた。

 スコット家は代々、聖女を守護してきた誉れ高き騎士の一族である。

 レイラもそれを何より誇りにしていたし、いつの日か自分も偉大なる先人達と同じように聖女に仕えるのだと思っていた。

 その為に剣の腕を磨き続けた。


 ずっと、出会う日を夢想し続けていた。

 聖女とはどのような方なのだろう。やはりお美しいのだろうか。それとも可憐なのだろうか。

 きっと物語のお姫様のように美しいに違いあるまい。

 そう思った。

 ……余談だが、彼女は実際に自分の国のお姫様と顔を合わせた事もあるが、そちらは可愛くなかったので記憶から消えている。

 おいスットコォ!


 そしてレイラが十九歳の時。

 彼女はアルフレア魔法騎士育成機関を親兄弟の期待通りに首席で卒業し、見事聖女の近衛騎士の座を勝ち取ってみせた。

 今代の聖女エルリーゼの評判は何度も耳にしている。

 民衆の為に自ら魔物の軍勢と戦い、小さな村にも足を運び、全てを愛しているように手を差し伸べる。

 曰く、『聖女そのもの』。

 その評判は……全く正しいものだった。いや、実物を前にして、評判すら霞んだ。


「貴方が新しく近衛騎士になった方ですね?」


 父に案内されて通された聖女の部屋にいたのは……確かに、聖女だった。

 それ以外に表現する言葉が見付からなかった。

 純粋さ……透明さ……神聖さ……そうしたものが同居し、人の形を作っている。

 どんな物語よりも確かに伝わる現実として、聖女がそこにいた。

 一目で見惚れた。

 この方に仕えるのだと思うと、興奮と感動で胸が高鳴った。


 彼女に仕えるようになってからは、ただ奇跡を見続ける毎日だった。

 どんな魔物の軍勢も物ともせずに蹴散らし、どんな怪我人も病人も癒してみせる。

 彼女がそこにいるだけで、まるで世界の明度が上がったように皆が明るくなり、笑顔で溢れた。

 太陽はそこにあるだけで世界を照らす。

 それと同じように、彼女こそが光だった。エルリーゼがいるだけで世界は光に溢れていた。

 そんな彼女だからこそ……そう。この展開も薄々予想出来ていたのだ。


「レイラ。私はあの学園に生徒として潜入しようと思います」

「駄目です」


 分かっていた。そう言い出すだろう事は分かり切っていた。

 学園内に魔女の手が伸び、生徒に危険が迫った。

 その事実を知った彼女が動かないわけがない。

 昨日だって罠と知っていただろうに、誘拐犯――ファラの要求通りにたった一人で赴いてしまったような、そんな少女なのだから。


「レイラ。私とて何も理由なく潜入しようと思ったわけではありません。

ファラさんは魔女に操られてしまいました。しかし考えてください……どこで・・・彼女は操られてしまったのですか?

貴女も卒業生ならば知っているでしょうが、ファラさんはほとんど教師寮で寝泊まりし、家にも帰らないほどに仕事熱心な方です」

「ま……まさか……」


 まさか――もう気付いているのか?

 そう思い、レイラは顔を青褪めさせた。

 ああ、止めてください。どうかその先を言わないで。

 それを言われてしまえば、止める事が出来なくなるから。

 危険だと分かっている学園に貴女が向かう事を了承する以外になくなるから。


「レイラ、貴女は賢い。もう答えにとうに行き着いているでしょう。

魔女は、あの学園のどこかに潜んでいる可能性が極めて高いのです」


 ……やはりその答えに行き着いてしまうか。

 レイラはそう思い、苦悶が顔に出ないように努めた。

 分かっていた。学園からほとんど出ないファラが魔女に接触して操られてしまったというならば、魔女がいる場所は必然、学園の何処かという事になってしまう。

 そして……この聡明な聖女がそれに気付くだろう事も、分かっていた。


「あの数の魔物……あれも、外から運び込んだと考えるのは不自然です。

学園の方々はそれに気付かぬほど愚かではないでしょう。

かといって、授業や訓練で使うには多すぎるし、危険すぎる。

しかし魔女が学園内にいるならば……何ら難しい事ではありません。

小さなトカゲやネズミや鳥……そうしたものを運び込んでも誰にも気付かれませんし、気付かれても違和感を抱く者はいません。

そして、それらの小動物を魔女の力で魔物にしてしまえば、容易く学園内にあの魔物の群れを作り出せる」


 そう、その通りだ。

 これらの事実がある以上、魔女は学園内に潜んでいる可能性が高いと考えるしかなくなる。

 この可能性が提示された以上、もうレイラはエルリーゼが学園に行く事を『否』と言えない。

 聖女が聖女の使命を果たそうとしているだけだ。それを止める事は誰にも出来ないし、やってはいけない。


「だからこそ、私が行かねばならないのです。

分かってください……レイラ」

「……貴女が、そう言うならば」


 だがレイラは怖かった。

 心底怖くて仕方がなかった。

 この愛おしい主を失う事を心から恐怖した。


 何故なら歴代の聖女は……。

 誰一人例外なく、魔女を倒した後に……その命を散らしているのだから。


「ならばせめて……私も共に連れて行ってください」


 今は、絞り出すようにそう言う事しか出来なかった。



 そして翌日、アルフレア魔法騎士育成機関――通称魔法学園は震撼する。

 誰もが予測しなかった、まさかの聖女入学……これを機に、学園を中心として世界を左右する物語が始まろうとしていた。

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