猫耳パーカーとフーセンガム

ハナミツキ

プロローグ

「にゃーにゃー」



 いつもと同じ帰り道。

 どこからともなく猫の声と、それを真似た人の声がした。 

 僕は立ち止まり河川敷の下、声のした方を覗き込んでみる。

 誰もいない。

 まあここの河川敷には大きな水道橋があり、死角はいくらでもある。

 それなのにわざわざ河川敷を降りてまで声の主を探しているのは、僕が猫好きという事もあるし、



「にゃあにゃっ……」



 先程聞こえてきた声が、僕の好みにどストライクだったのもある。



「……」

「……」



 正座した僕の膝の上で猫が丸くなり、その猫の喉をゴロゴロと触る少女という不思議な構図。

 少女は懐から取り出したフーセンガムを口の中でもしゃもしゃさせながら、不機嫌そうな顔でこちらを見ている。

 どうやら、完全にご機嫌ナナメらしい。



「んーっ……」



 少女が小さな体を大きく逸らせると、その眼前にぷくーっとピンク色の球体が膨らむ。

 やがて限界を迎えた球体がパチンと弾けると、その向こうで僕を睨みつけていた瞳と目が合った。



「……あんた、誰?」



 口元に付いたガムをペロペロと舐めとりながら、少女が尋ねてくる。

 間違いない、さっき聞こえてきた声だ。

 とりあえず僕は少女に名前だけ答えると、痺れて限界の足をほぐすために立ち上がる。

 そんな僕の動きに合わせて猫は抗議を申し立てるようにフニャーと鳴いて飛び退くと、そのまま少女の隣にぴょこんと着地した。



「ふぅん」



 僕の話を聞き終えた少女とはあまり興味なさ気に呟きながら、品定めするように僕の鼻先まで顔を近づける。

 頭をまるまる覆う猫耳パーカーからところどころ飛び出た枝毛に、くりくりと丸い瞳。

 女の子にここまで近付かれた経験のない僕は思わずドキドキしてしまう。



「ここで見たこと、忘れろ」



 鼻先まで近づいた顔が離れると同時に伸びてくる少女の手。

 完全に不意を突かれた僕の顔を少女の爪が掠めた。

 すんでの所でなんとか躱せた、と思った矢先。

 少女の隣で佇んでいた猫がコンビネーションアタックと言わんばかりに飛び上がると、僕の顔に一文字を作った。



「いっ……」



 顔の痛みに思わず手を当てると、指先にぬるりと生暖かい感触。

 いくらなんでもこの仕打ちは無いのではないか。

 そう抗議しようと顔を上げるも、



(……あれ?)



 気づけば少女の姿も、猫の姿も無く。

 まるで狐に、いや、猫に摘ままれたような顔で僕は茫然と立ち尽くす。



「……う」



 そんな僕を嘲笑うかのようにひゅーっと一陣の風が吹き抜けた。

 

(……帰ろう)



 急に寂しさを感じさせられた僕は、誰に言うでも無く呟くと帰路に付く。

 それが僕と少女のファーストコンタクトだった。

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