第8話 さらば、廃墟
「それって自転車?」
屋敷の外へ出ようと自転車の鍵を外していると、彼女がそう質問をしてきた。どうやら彼女も自転車のことは知っているみたいで、この異世界にも自転車は存在しているということが分かった。
「そうだけど、知ってるの?」
「うん。お父さんが昔は自転車とか車とかの乗り物が走っていたって教えてくれたの。今も街にあったりするんだけど、錆びてたりタイヤのゴムがだめになったりとかして使えないって……」
「そうなんだ……まあこれは最近買い替えたばっかりの奴だから問題ないよ」
確かに50年ぐらいたっているのなら車体が錆びたりタイヤのゴムが劣化したりして使い物にならなくなっているだろう。しかし、この自転車は去年の11月ごろに買ったばかりの新品だ。お値段4万9800円+税で、しかも非電動型アシスト付きのけっこういいやつである。そんな心配は必要ない。
その自転車の鍵を外すと、手で押しながら屋敷から出るため歩みだす。
彼女は屋敷のほとんどを探索し終えていたみたいで、他にめぼしいものはないから移動した方がいいと教えてくれた。出口の場所もしっかりと覚えていたので、その案内通りに進んでいく。
屋敷の廊下は、先ほど見た光景と同じように、やはりかなり廃れていた。少なくともこの屋敷全体がそうなのだろう。やがて屋敷の出入り口の前についた。シャンデリアや石像などがあるところを見るに、廃墟となる前はかなり立派な建物だったのだろう。
ギイイという音を周囲に響かせながら、ボロボロになった木製の扉を開ける。
「おお、太陽だ……」
外に出たときの第一声がそれだった。今度はシダ越しとかではない。本物の日の光だ。さっきよりもまぶしい気がする。
「たいよーってなに?」
「え? いや何ってあの星……あ、そうか」
この子の疑問は当然と言えば当然なのかもしれない。確かに、あの恒星を太陽と呼称するのは少し違う気がする。太陽はあくまで太陽系にある恒星の名前に過ぎないので、あの星にはもっと別の名前で呼ぶべきなのだろうか。
「あの明るいお星さまはケセスっていうお名前だってお父さんが……」
「うーん、それの別名? めんどいから俺はこれからも太陽って呼ぶんで」
「ふーん……じゃあ私もそう呼ぼうかな」
「いや、アンジェラちゃんはそのままケセスって呼べばいいと思う、というか呼ぼう」
「そう、分かったよ」
彼女に間違った知識をわざわざ植え付ける必要はないだろう。彼女も俺の言ったことを守ってくれるみたいだ。
「……じゃあ、この屋敷とはおさらばするか」
「そうだね」
この屋敷にそんな大した思い出とかはないが、それでも初期スポーン地点から離れるというのは何となく名残惜しく感じる。屋敷の方を一通り見渡すと、屋敷の敷地外へと歩み始める。
屋敷の敷地は鉄とレンガでできた塀で囲われているみたいだが、その大半はシダに覆われていたり、錆びていたりしている。正門に至っては片方の扉が完全に倒れていて、門としての役割をはたしていなかった。
そして、その門を通り抜ける。屋敷の周りは森になっているみたいだが、今は冬みたいなので木に葉っぱはほとんどついていない。
屋敷の前には舗装されている道があった。一部木の葉やシダに覆われていたりするが、道としての機能は失っていないみたいだ。
と、ここで1つの問題が発生した。
「これどっちに行けばいいんだろうか……」
道が2つに分かれている。いや、別に道は一本しかないのだが、左に行くか右に行くかで迷っているのだ。判断材料が全くないのでもう神頼みでもするべきか。いや、ここに1人頼りにできそうな人がいるではないか。
「私は左の方から来たから、右のほうに行きたいな。こっちはずっと建物も街も何もなかったし」
どうやら神という不確かな存在にすがらなくても問題ないみたいだ。俺の嘆きを聞き、どっちに進むべきかを導いてくれた。
「じゃあ左はやめよう。右の方に行ってみっか……っよ」
今まで手で押していた自転車だが、異世界に来て初めて走らせる時が来たみたいだ。早速サドルの上へとまたがる。
「ここには取り締まる警察官もいないのか。飛ばし放題やん」
異世界なので道交法も何もないだろう。この世界にも法律はあっただろうが、それを執行するものは誰もいない。超高速で行こうが2人乗りしようが問題ない。まさに無法地帯である。
「堂々と法律違反できるなんていいなぁ。いや、そもそもここ異世界だから日本の法律は適用されないのか……」
「ねぇ、ほーりつってなんなの?」
「守らなきゃいけない決まりのこと、だね。まあいい、後ろに乗れ少女よ。そのリュックはかごの中に……というか乗れる?」
「うーん、多分大丈夫……っと」
指をさして荷台に乗るようにせかす。彼女は少しぎこちない感じを出しながらも、リュックをかごの中に入れると進行方向から見て左側に体を向け、荷台へと乗った。
まさか異世界でチャリを、それも2人乗りで走る日が来るとは夢にも思わなかった。特に2人乗りなんかは生まれて初めてかもしれない。小さいころに自転車用のチャイルドシートに乗ったことはある気がするが、それきりだ。まあ法律は守らなきゃいけないと思っているからであって乗せる相手がいないからという訳では決してない。決して。
「よっと……落ちないかな」
「しっかりつかんでれば大丈夫だよ」
「わかった……よいしょ」
つかむようにという俺の指示を素直に聞き、俺を抱き着いてるみたいに密着した。
ちょっと恥ずかしいが、まあしょうがない。これも安全のためだ。
「よし、行くぞ!」
地面から足を離し、ペダルをまわす。ジャイロ効果によって自転車が自立して走り出す。
「うわ、早い早い」
「ああ、ちょっと早すぎた?」
「ううん、このままでいいよ」
「わかった……しっかりつかまっていてね」
俺は力強くペダルを踏み、自転車は一応舗装されている道路の上で加速し続けた。
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更新が少し遅れてしまいました。申し訳ありません。
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